セラを鑑定したヴィリバルトは、結果を見て驚いていた。
「『魔力飽和』だ」
「魔力飽和ですか?」
セラがフードの奥から聞き慣れない言葉に疑問符をのせる。
『魔力飽和』とはなんだろう。『風船病』より悪い病気なのだろうか。
でもなぜかセラに不安はないのだ。
今日の私は楽観的ねと、フードの中で静かに笑う。
その声にハッとしたヴィリバルトは、うしろにいるギルベルトたちに向けて宣言する。
「彼女の病は、魔力飽和です」
「ヴィリバルト、完治方法はあるのか」
「完治といいますか、方法はあります。ですが、私にはできません」
一瞬の歓喜と落胆が部屋の中に訪れ、その空気を破るようにニコライがヴィリバルトに迫った。
「どうすればいいんだ? 教えてくれ!」
必死な形相でヴィリバルトに詰め寄るニコライの姿を、セラが慌てて止める。
「お兄様、落ち着いてください。ヴィリバルト様、私の病気は『風船病』ではないのですね」
「風船病と症状が酷似しているが、魔力飽和で間違いない」
「完治する方法があるのですね」
「ある。だけど長期戦になるね。魔力飽和は、体内の魔力が外に放出できず、体内にたまり、あらゆる不調を起こす病だね。MP値は回復すれば、過剰分は自然と外に放出するんだよ。君の場合その放出量がとても低いため、体内に魔力が蓄積されている。『魔草』は、煎じて飲むことで魔力を吸収する効果があるようだ」
「体の膨らみは、私の器の受容力以上の魔力が体内にあふれているせいなんですね」
「そうだね。今できる対策として、早急に君のレベルを上げるよ。MP値が上がることで飽和状態を緩和できるからね。君はLv1だね。Lv2に上がるだけでもだいぶ緩和されるはずだよ」
「Lv1だと。失礼だがセラ殿は十一歳で間違いないか」
「はい。間違いありません」
その肯定に、ギルベルトの眉間にしわが寄り「ヴィリバルト」と、説明を求める。
「おそらく魔力飽和が、成長を阻害させていたのでしょう。ニコライ、彼女は戦闘経験はないね」
「ない。すまないセラ。お前の体調を考慮して親父はレベル上げをしなかった。自然と上がるぶんだけでいいと、まさか成長阻害で、レベル1のままだったとは……すまない」
「お兄様お気になさらないで。セラはお兄様に感謝はあれど、謝罪いただくことはひとつもありません」
セラが手を伸ばしニコライの手を包み込む。その手をグッと引いたニコライはセラを抱きしめた。その肩は震えていた。
ふたりの様子を扉の横で待機して見ていたハンナは、あふれ出る涙を止められず、唇を噛みしめて声を出さないよう必死に抑えていた。
その光景をアーベル家の人々は、静かに見届けた。
***
「今から彼女を伴って、いや兄さん、屋敷内に魔物を連れ帰る許可をください。瀕死状態の魔物を連れてきます。ここで彼女に仕留めてもらい、早急にレベルを上げましょう」
「許可しよう」
「ニコライ、君も同行を頼む」
「もちろんだ」
「アルベルトは、彼女のフォローを頼む。魔物を捕まえれば屋敷に移動させる」
「わかりました。移動する場所はどこでしょうか。事前に囲いをし、万が一に備えます」
「彼女の状態を考えれば、屋敷内がいいが……兄さん、汚れてもいい部屋はありますか」
「地下室はどうだ。お前がよく研究所として使用していた場所だ」
「あそこなら、少々汚れても今さらだね。ただ彼女をあの部屋に入れるのは……」
「私なら大丈夫です。病気が少しでも緩和されるなら、なんでもいたします」
「では決まりだね。マリー、動きやすい服を手配してくれないかい」
「わかりました。すぐにご用意いたします」
「ヴィリバルト、セラ殿のレベル上げは、解決の糸口にしかならない。魔力飽和は今後も続くだろう。どう対処するんだ」
ギルベルトの指摘に、その場にいた全員がハッとする。
ヴィリバルトは、心の中で『さすが兄さん』と兄の鋭さに拍手を送り、さてここをどう切り返すかと考える。解決方法を今ここで暴露するのは得策ではない。
まぁここは素直に伝えて、肝心な部分を濁すのが一番いいね。
ヴィリバルトが一瞬見せた不敵な笑みを、ギルベルトは見逃さなかった。
あれはまた、なにかを隠している顔だ。
「ジークです。ジークベルトが『魔力飽和』を緩和できる魔法が使えます」
「本当かっ!?」
興奮したニコライがヴィリバルトとの距離を詰める。
「問題ないよ。ただしこのことは私からジークに伝える。誰も他言せず、見守ってほしい。兄さんもいいですね」
ヴィリバルトとギルベルトの視線が交差する。
しばらくして、先に視線をはずしたのは、ギルベルトだった。
やはり隠し事か、魔力飽和を緩和する魔法になにかあるのだろう。
その魔法名をヴィリバルトは、口に出していない。
ジークベルトの魔属性は、ヴィリバルトがすべて所持している。そのヴィリバルトが使用できず、ジークベルトが使用できる魔法があるのか。
無属性は、ユニークの宝庫だが、ジークベルトが生み出した魔法で、ヴィリバルトが使えない……はずはない。
ヴィリバルト、お前、話すつもりないだろう。
ヴィリバルトの性格を熟知しているギルベルトは、ここで盛大なため息をつきたいが、そこをグッと耐えた。
弟の隠し事がつらい。