俺たちはアーベル家の屋敷に戻ると、室内で魔力循環の修練を始めていた。

「ディアは、魔力循環が苦手なんだね」

 苦戦している様子のディアーナに、俺はつい声をかけてしまった。

「はい。つい集中が途切れてしまうのです」
「こればかりは、日々の積み重ねがとても大事だよ」

 不甲斐ないそぶりを見せたとうつむいて話すディアーナに、毎日の修練が大事であることを俺は伝える。

「ジークベルト様は毎日魔力循環されているのですか」
「そうだね。時間があればハクと魔力循環しているよ」

 魔力循環は瞑想に近いものだ。
 体内の魔力の流れを感じ、均等に魔力を循環させ、高質な魔力循環を行う。
 この行為を長く持続でき、また瞬時に質のいい魔力循環ができれば、戦闘においてとても有利に立てる。
 だから日々感覚を忘れないよう努力している。
 実は、魔力循環が『魔力制御』の修練にもなることはあまり知られていない。

「ハク様は『魔力制御』をお持ちなのですか」
「ガウ!〈持ってる!〉」

 ディアーナの質問にハクはうれしそうに尻尾を振りながら肯定し、それを俺が補足する。

「最近Lv2になったんだよね」
「ガルゥ!〈がんばった!〉」

 ハクは『魔法色』の影響で、魔力循環ができない状態だったが、その後『浄化の石』で体内の魔法色を消し、魔力循環ができるようになった。
 できないものを克服したハクは、魔力循環を好み毎日欠かすことなく行った結果『魔力制御』を早い段階で取得した。そして氷魔法の修練も順調に進み、氷魔法スキルを取得したのだ。


「ディアは、風魔法スキルを取得できているんだよね」
「はい。Lv1ですが取得はしております」
「魔属性は、風と無だったよね。生活魔法は?」

 唐突な俺の質問に、意図が読み取れないのであろう。ディアーナは何度か瞬きを繰り返しながらも素直に応えてくれる。

「生活魔法は取得できていません。修練では風魔法の取得が最優先でしたので」
「なるほど……。なら当分の目標は『魔力制御』と『生活魔法』の取得だね。『空間魔法』は今のディアの魔力値では取得はできないからね」
「えっ『空間魔法』ですか?」
「うん。今は無理だけど、レベルを上げて『魔力制御』のレベルも上げれば『空間魔法』を取得できると思うよ」
「本当ですか!」

 ディアーナは驚いた表情で俺を見ると、すごい勢いで俺のそばに近寄ってくる。
 そんな彼女に「うっ、うん」と俺はうなずく。
 それを見たディアーナが、ぱぁと花が咲いたような笑み顔を浮かべた。
 めちゃくちゃかわいい。
 俺の婚約者、めちゃくちゃかわいいんですが。

「魔力循環、がんばろうね」
「はい! 高い目標があればがんばれます!」

 ディアーナに気合いが入ったのがわかった。
 魔力が高い彼女のステータスなら『空間魔法』の取得条件である魔力値200は、Lv24で到達可能であると予測できる。


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 ディアーナ・フォン・エスタニア 女 7才
 種族:人間(先祖返り)
 職業:エスタニア王国第三王女
 Lv:5
 HP:34/34
 MP:39/39
 魔力:42
 攻撃:28
 防御:30
 敏捷:26
 運:10
 魔属性:風・無
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 本人の強い要望もあり、今後パーティーを組んで一緒に行動するので、レベル上げの心配はいらないし、その前に『魔力制御』を取得できれば、ステータスの数値に反映されない魔力値が補填されるので、魔力値200に到達しなくても取得が可能なのだ。

「いいなぁ。私も魔法が使えれば、皆様と同行できますのに……」

 俺たちが盛り上がっていると、エマが、ぼそっとささやいた。その声を俺は見逃さず拾う。

「エマなにを言ってるんだ? ディアが僕の出した条件をクリアできれば、君も一緒にパーティーを組むんだよ」
「えぇ! そうなのですか!? 私なにも聞いてませんし、足手まといになりますよ。えっ?」

 見当がつかない不測の事態に、エマが混乱し始める。

「エマは、今アンナに体術を叩き込まれているよね」
「はい! アンナ様にご教授いただいております」
「戦闘スキルを取得できれば、戦えるよ?」

 俺はエマにわかりやすいように言葉を選び誘導すると、眉をひそめながら自信なさげにつぶやいた。

「えっ、でも、皆様のように強くありませんし……」
「自分の身を守れれば大丈夫だよ」
「えっ?」
「旅先の料理をお願いするって話だったよね?」
「えっ?」

 エマが疑問を再度口にしたところで、あきれたと言わんばかりの口調でディアーナが言った。

「聞いていなかったのね、エマ」
「姫様、申し訳ありません」

 エマが恐縮して頭を下げると、しかたがないといった様子でディアーナが、俺たちがパーティーを組む条件を説明しだした。
 自身を守れる魔法スキルを自由に操れること。これがディアーナとパーティーを組む俺の条件だった。
 次の日からディアーナは『守り』の修練を始め、エマはアンナに体術を習い始めた。てっきり話を聞いて、体術を習い始めたと思っていたが、ただの偶然でどうやら俺の勘違いだったようだ。
 どうもエマは俺が出した条件を聞いて、自分はその対象にさえ入れないと思い、ショックのあまり話を最後まで聞いていなかったようだ。
 俺が出した条件はあくまでもディアーナのみであり、エマに該当はしない。けれどディアーナが条件をクリアしたら、エマともパーティーを組む。ただしエマは戦闘スキルを所持することとしたのだ。
 一般的な冒険者は、魔法スキルを所持していない。魔属性がない平民が多いからだ。そのかわり戦闘スキルを所持して冒険者になり活躍している。
 ディアーナの説明が終わったので、俺がエマに声をかける。

「エマは、戦闘スキルの取得が目標だ」
「はい! ジークベルト様と姫様に同行できるようがんばります!」
「ガゥ!〈ハクも!〉」
「すみません。ハク様も一緒にですね」
「ガウッ!〈そうだ、忘れるな!〉

 ハクがエマにツッコミを入れる。
 その微笑ましいふたりのやり取りを見つつ、俺は魔力循環の修練に戻り集中するのだった。