エスタニア王国の反乱事件から約三ヶ月。
 第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアの婚約が発表された。
 相手は、ジークベルト・フォン・アーベル。
 そう俺だ。

 コアンから帰宅して数日後、父上に意志を確認された。
 突然の婚約話にひどく狼狽した俺は「えっ!?」と、素っ頓狂な声をあげた。
 思ってもいなかった展開に思考が追いつかず、しかも父上は、俺と王女ディアーナが相思相愛だと認識していた。
 ディアーナも照れながら「ジークベルト様は、受け入れてくださいました」と宣言した。
 その宣言に俺は、「えっ、いつ?」と、心の中で叫んだ。
 俺の困惑した表情を見て、なにかを察したディアーナは「夜の砂漠で受け入れてくださったじゃないですか」と、頬を赤くしてうつむいた。
 かわいいなぁーと、微笑ましく思うが、それどころではなかった。
 夜の砂漠って……あの時か!
 たしか、ダンジョンでの最後の夜、お礼を言ってくれた時、早口で聞き取れなかったあれねと気づいた。
 まじか……。あれ告白だったのか。
 いったいいつ好意を持たれたのか。事実は小説よりも奇なり。

 唖然として返事をしない俺に「ジークベルト様?」と、ディアーナが不安気げな声で尋ねてきた。
「うん。そうだったね」と、若干頬を引きつらせながらも俺は微笑んだ。
 ディアーナに恥をかかすことはできないと思った。
 俺はディアーナを嫌いではないし、むしろ好意はある。その気持ちが恋愛かと問われれば、肯定はできない。
 だけど、温めていくことはできる。
 ディアーナは、気立ても器量もいい。正直俺にはもったいないと感じている。
 ただ気になるのは、彼女がエスタニア王国の王女であり、王位継承権があることだ。マンジェスタ王国の侯爵家の四男と婚約しても国際的に問題はないのか。エスタニア王国の貴族たちは、この婚約を受け入れるのか。
 王太子以外の王族は、悪い言い方だが、政治の駒である。他国とのよりよい関係を築くため、婚姻を結んだり、自国の貴族に褒美として下賜贈することもある。
 そのような立場のディアーナが、俺と婚約って、父上はなにを企んでいるのでしょう。
 それに彼女は今反乱の首謀者として、祖国から指名手配されている。

「父上、それは彼女たちを守る武器になりますか」

 その発言にディアーナがハッとした表情で俺を見た。
「なる」と、父上が力強くうなずいた。
 それを目視した俺は即座に「ディアーナ王女との婚約の手続きをよろしくお願いします」と伝え、父上に頭を下げた。

「あとは側室のことだな。すでに王女には許可を得ている」

 またしても父上の突拍子もない言葉に「はっ!?」と、あっけにとられる。

「ジークベルト様、わたくしは正室としてがんばりますわ」

 涙ぐみながら感動した様子でディアーナが追従した。
 俺は慌てて「いやいや、ちょっと待って!」と止めるが、勘違いしたディアーナが「わたくしが正室ではいけませんか?」と、涙目で訴えてくる。

「そもそも側室ってなに?」
「はい? ジークベルト様はいずれ側室を迎えますよね。うれしいことに候補者の名にエマの名前があります。エマは恐れ多いと恐縮しておりましたが、わたくしが説得いたしますわ」

「父上?」と、すがるような気持ちで尋ねた。

「アーベル家では、恋愛結婚だ。複数相手がいても問題はない」

 いやいや、いくら貴族が一夫多妻でも、アーベル家は、ほぼ側室いませんやん!
 なぜそのような考えに至るのですか!
 しかも、エマを側室候補にって、範囲が狭すぎるでしょ!
 説得とかいらないよ。エマが、かわいそうだ。

「父上、なにか勘違いが あるようです。側室はいりません。婚約はディアだけで十分です」
「いいのか?」
「ジークベルト様?」

 俺の回答に、父上とディアーナは互いに顔を見合わせ、心底不思議そうな顔で俺を見る。
 なぜかふたりは、意気投合している。
 ここでの心象が大事だと感じたので、俺は真剣な表情で姿勢を正し「はい」と返事をした。

「わかった。では今回はディアーナ王女との婚約を進めよう」
「そうですね。今回はわたくしの婚約だけお話を進めていきましょう」

 俺の態度をどう捉えたのか、ふたりは、はいはいといった感じで流している。
「お二方、次回はありませんよ」と、笑顔で強く否定した。
 これ以上の話は無駄だと判断して、俺は頭を切り替えて言葉を続けた。

「父上、エスタニア王国はこの婚約を受け入れるのでしょうか。反乱が先日起きたばかりですし、ディアーナが首謀者だとの疑いは晴れてはいませんよね」
「そのことだが、五ヶ月後にエスタニア王国で武道大会が開催される。その賓客に王の名代でマンジェスタ王国の王太子ユリウス殿下がご訪問される。その際、ディアーナ王女とバルシュミーデ伯爵にも同行していただく」

 父上はいったん言葉を切ると視線をディアーナに向けた。
 意志確認がしたいようだ。
 その意図をくみ取ったディアーナが無言でうなずいた。

「それまでにジークベルトとディアーナ王女の婚約を発表する予定だ。万が一首謀者の疑いが晴れずとも、マンジェスタ王国の侯爵家の婚約者として地位を確立すれば、相手は手出しできない。降嫁すると決まった時点で、王女の王位継承権は消滅しているのでな」

 父上の説明は俺が危惧していたことが解消される内容だったが、新たに気になることが出てきてしまい思わず口に出していた。

「反乱が起きた直後なのに、武道大会ですか?」
「そうか、ジークベルトは知らないのか。武道大会は三年に一度、数十カ国の参加で開催される国際行事だ。毎回開催国が代わり、今年はエスタニア王国で開催される。各国で優秀な選手を二名選出し競うのだが、国力を示す重要なものでもある。戦火中でもない限り開催国が勝手に中止できるものではない」
「政治的なものでもあるんですね」と、俺は関心した表情でうなずく。
「そうだ。しかし近年は遠方の国での開催が多く、我が国は参加をしなかった」
「えっ? 父上、言っていること矛盾していますよ?」と、俺が声を上あげると、父上が不敵に笑う。
「我がマンジェスタ王国の国力は、世界有数だ。それを誇示する必要はない。だが今年は参加する。アルベルトを選手として出場させる」
「アル兄さんをですか?」
「アーベル家の嫡男は、一度は武道大会に出場することが決まっている。ユリウス殿下がご訪問される機会に出たいと、アルベルトから申し出があった。同じ年で幼い頃から仲がよかったユリウス殿下が、王の名代で訪問されるため、華を添えたいのだろう」

 そんな決まりがあるのか、嫡男は大変だと思った。
 父上の自信に満ちた態度から、アル兄さんに期待をしていることがわかった。
 俺はつい茶化すように「優勝でもする勢いですね!」と言った。
 すると父上が「ジークベルトなにを言っている。出るからには優勝だ」と真剣な面持ちで俺に指摘した。
 その圧に「そうですよね」と、俺は肯定するしかなかった。
 アル兄さんは大変だ。当然のように優勝って。各国の猛者たちが集まる大会だよ。
 その中で勝ち抜くのは一苦労、それ以上のものだよ。
 アル兄さんを心配しつつも、ディアーナの婚約者の俺は同行するってことだよな。武道大会、外国旅行、楽しみだと心が浮きだった。
 ごめんね、アル兄さん。

 その日のうちにアーベル家に従事する者も全員集め、父上がディアーナと俺の婚約を発表した。
 正式な発表は、後日となる旨を説明し、ディアーナたちの正体を明かした。
 コアンから帰宅した際、ディアーナとエマは、我が家で預かることになったが、父上のお客様としてもてなすようにとの命が出ていた。
 全員が驚き「さすがジークベルト様! 婚約者が王女様なんて素敵すぎる」などといった声がチラホラと聞こえる。
 その中でマリー姉様が崩れ落ちた。

「私のかわいいジークベルトが婚約!? 彼女は高位貴族の庶子だと思っていたのに……。まさか王女だったなんて! 仲がいいとは思っていたのよ。器量は文句のつけようがないから、庶子なら妾で我慢しなさいと説得するはずだったのに! なんてことなの!」

 マリー姉様の心の声は、ダダ漏れだった。
 しかもなんだか恐ろしいことを考えていたようですね。
 未然に防げてよかったと安堵する。
 ここ数日のマリー姉様の不満気な態度は、おそらくディアーナたちが同行して屋敷に帰宅したため、盛大な歓迎をしたが、満足するまで俺にかまえなかったことだ。
 事前にテオ兄さんから注意喚起を受けていたので、俺も未然に防いだりして流したが、ディアーナたちがいなければ、ひどいありさまだったと確信できる。
 本当に父上はなんと言って、マリー姉様を屋敷にとどめておいたのだろうか。
 背中に悪寒が走る。
 うん。知らないほうがいいこともある──。



 我が家は内示に俺の婚約を発表してから、平穏が保たれていた。
 特にマリー姉様とディアーナは、実の姉妹のように仲がよくなった。
 どのようにしてマリー姉様を手な……ゴホン、仲よくなったのかは不明だが、さすが王女、人の心を掴む手腕は素晴らしいと感心すると共に、『俺、尻に敷かれるの確定じゃない!?』と未来の自分を想像してげんなりした。
 まだ俺は七歳だ。主導権を握る機会はあるはずと心を落ち着かせた。
 婚約を発表したことで『誓約魔書』を破棄することになった。もちろんエマも一緒にだ。
 本人たちはこのままでもいいと、破棄に消極的だったが、すでに身内である。ちょっとした手違いで誓約魔書が発動し、死ぬことになれば俺が後悔する。
 特にエマは要注意である。ドジ侍女は健在で、あのアンナが頭をかかえていた。悪気があるわけではないため、怒るに怒れないんだよね。
 朝食の後、ディアーナと今日の予定を確認し合う。

「今日の午前中に、ヴィリー叔父さんが来る予定だから、そのつもりでいて」
「はい。お手数をおかけします」

 無表情で軽く頭を下げるディア。非常に残念なことに耳と尻尾を隠蔽しているので、感情を読み取ることは難しい。
 この無表情も見慣れると、うん、悪くない。

「いや『誓約魔書』の破棄はそうそうにしたかったんだ。時間がかかってごめんね」
「いえ、ジークベルト様の大事なことですから、慎重になるのは当然のことです」

 実は誓約魔書の破棄に叔父が渋ったのだ。
 ディアーナやエマの破棄なら、すぐ了承が出ると思ったが、思惑がはずれ驚いたのは俺だった。
「婚約が確定した後、彼女たちの様子を見て判断しよう」と、叔父が俺に伝えてきたのだ。
「どうしてですか」との俺の問いに「彼女たちには、滞在中アーベル家の教育を受けてもらう。アーベル家の者としての心構えがあると判断できれば破棄するよ」と笑顔でかわされた。
 これ以上の質問は受けつけられないとその場を後にしたが、アーベル家の心構えとはなにやらとの好奇心から、ヘルプ機能を発動させた。


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 アーベル家に従事する者は、例外なく教育を受け、アーベル家に生涯の忠誠を誓う。
 教育途中に逃亡する者、資格がないと判断される者は『忘却』の魔法で、アーベル家に関するすべての記憶を抹消される。
 アーベル家に従事できる者は、国籍やステータスにかかわらず優秀であり、ほかに類を見ない。

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 その事実に言い知れぬ恐怖を感じた。
 たしかに……アンナの動きとか、ステータス以上の素早さで俺を確保したり、気配がない時もたまにあったんだよね。
 気づいたらそこにいた──なんて日常で……。
 考えれば、考えるだけこわいんですが。


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 現在アーベル家の『至宝』はご主人様ですよ。

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 恐怖におののく俺にヘルプ機能が、軽いノリでいらぬ情報を伝えた。
 どういうことだ?

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 ご主人様だからです。

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 困惑する俺に、なんとも曖昧な返答をしてきた。
 とっ、とりあえず、俺の『至宝』うんぬんについては後々考えることにする。
 ヘルプ機能の情報から、叔父が誓約魔書の破棄を渋った理由を知り、その思考に過保護すぎると頭をかかえた。
 また一方で叔父が、彼女たちに無理難題を叩きつけ、誓約魔書を破棄する気がないとも思った。
 エマは、見習いだがディアーナの侍女である。主人への忠誠を尽くしているはずだ。
 今さら変更できるのかと疑問が生じた。心が追いつかないだろうと思った。
 そしてディアーナは、エスタニア王国の王女だ。王族は忠誠を誓ってもらう立場だ。
 それなのに忠誠を誓わせるなんて無茶だと──そう思っていた。
 しかし俺の心配をよそに、ディアーナとエマのふたりはすんなりアーベル家の教育を受け、忠誠を誓った。
 そして今日『誓約魔書』が破棄される。


 約束の時間から三十分以上経ち、『移動魔法』で現れた叔父は、少々疲れた顔をしている。
 チート叔父の弱っている姿に、物珍しさから言葉を出せずにいた。
 ダンジョン内でも一度も疲れた様子を見せなかったあの叔父が、少々とはいえ弱っているのだ。
「遅れてすまないね」と、言葉にも覇気がない。
 そんな叔父を見かねた俺は意を決して、質問する。

「いえ、なにかあったのですか」
「あぁー。ルイーゼ姉様が昨日帰国されてね」

 思ってもいなかった返事に、俺は瞬きをする。

「伯母様が帰国されたのですか。伯母婿のクルマン伯爵はたしかリストアに大使として派遣されていましたよね」
「私が伯爵の爵位を得るので、緊急帰国したんだよね。現在我が家に滞在中──ハハハ」

 乾いた笑いをした叔父は遠い目をする。
 そう叔父は、来週伯爵になる。我が国では数十年ぶりの新たな伯爵家に国中大騒ぎだ。
 授与式には祖父母や伯母夫妻も含めアーベル家全員で参加し、王城で開かれるパーティーには、ディアーナを伴い、俺の婚約者としてお披露目することになった。
 その授与式のために伯母は帰国したのだ。
 ルイーゼ・フォン・クルマン、父上の姉で、俺の伯母にあたる人だ。
 大恋愛の末、フェルディナント・フォン・クルマン伯爵に嫁いだ。伯母は我が国では初の女騎士であり、近衛騎士団に所属していた。父上も叔父も唯一頭が上がらない人物である。
 俺は赤ん坊の頃に一度対面しているが、視界がボヤケていたため、姿絵でしか伯母を見たことがない。
 その伯母が叔父の屋敷に滞在しているなら、ディアーナたちを連れて後で挨拶しに行こう。
 ちなみにアーベル侯爵家の西隣にある古い屋敷が、現在の叔父の家である。
 とある伯爵家の所有だったが、最近売りに出され、叔父が購入したのだ。
 売りに出されたタイミングとか、いろいろと怪しすぎる点が多いが追及はしない。
 伯爵の体面上、屋敷は必要だった。
 管理が面倒であると叔父は嘆いていたが「敷地内の外装に文句は言わないよね」と言って、西側の伯爵家との間にあった壁をぶち抜き、侯爵家の敷地とつないだ。それにより両家を楽に行き来できるようにした。徒歩五分の距離だ。
 広がった庭を見てハクがうれしそうに走り回っていた。叔父の計画では庭の中間地点に別邸を建てるとのことだ。
 表面上は伯爵家と侯爵家の敷地は別となっていて独立貴族としての体面を取るが、内情はひとつの家として運用する。その中間地点に別邸を建てることで、伯爵家の負担を分散するのだろう。
 叔父が遠い目をしながら「ディアーナ様とエマはどこかな」と確認する。
 当初の予定よりもかなり遅れ、叔父が現れたのは昼過ぎ。ディアーナは午後にマリー姉様との茶会の予定があり、エマを伴いサロンに行っている。そのため、叔父の到着と同時に、俺は『報告』の魔法を使ってディアに知らせておいた。すでにディアーナからもその返事が届いていた。

「今、こちらに向かっています」
「ありがとう。本人たちがいないと『誓約魔書』は破棄できないからね」

 叔父は二通の『誓約魔書』を机に出す。
 誓約魔書から流れ出る魔力の多さに俺は驚愕する。ダンジョン内で取得した『魔力察知』で、その魔力容量を把握したのだ。
 命をかける誓約書なだけある。
 叔父の伯母への愚痴を聞き流しながら過ごしていると、ディアーナとエマが部屋に入ってきた。
 彼女たちの到着がもう少し遅かったら、俺は拗ねていたかもしれない。一方的に愚痴を聞くのって、つらい。
 ディアーナとエマはテーブルを挟んで叔父と俺の向かい側の席に並んで座った。

「今から『誓約魔書』を破棄する。ふたりとも目の前にある誓約魔書に手をかざして」

 叔父の指示にふたりは息をのみながら『誓約魔書』に手をかざす。
 それを見届けた叔父が破棄呪文を唱える。

「古来より受け継がれし誓約よ。ヴィリバルト・フォン・アーベルの魂のもとにおいて誓約を破棄する」

 叔父が破棄呪文を唱え終わると同時に『誓約魔書』が輝きだし 、彼女たちそれぞれを包み込む。
 光が彼女たちの中に消えると、机にあった『誓約魔書』は消えていた。



『誓約魔書』を破棄した直後、ふたりの体に異変がないか俺は念入りに確認した。
 叔父を信頼はしているが、それとこれとは話が別だ。命を代償とした誓約なのだ。
 俺の行動に「過保護だね」と苦笑いする叔父を横目に、これぐらいの心配は許してほしいと思った。

「ジークベルト様、ご心配していただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 異常がないことに、ほっと胸をなで下ろす俺にディアーナとエマが、頬を染め若干目を逸らしながら頭を下げる。
 ふたりの態度に、あぁー、無遠慮に触りすぎたと、反省するが後悔はない。
 女の子特有のいい匂いでやわらかかった。うん、うん。

「うん。なにもなくて本当によかった。改めてこれからよろしくね」

 俺はそれに気づかなかったふりをして、笑顔をふたりに向ける。

「「はい!」」

 ふたりの元気な返事に、時には開き直りも有効だと悟る。

「ヴィリー叔父さん、のちほど屋敷を訪問してもいいですか。伯母様にご挨拶したいので」
「ジークは、律儀だね。私は魔術団に顔を出しに行くので付き合えないが、姉様を頼んだよ」

 やはり元気がない叔父に、一緒に行きましょうとは誘えなかった。
 一日であれだけの愚痴がたまるぐらいストレスを感じているのだ。伯母からやっと解放された叔父に再び戻れとは言えない。
 俺は空気を読める子なのだ。
 庭で遊んでいたハクを呼び、ディアーナとエマを連れ立って、西の屋敷に足を運ぶ。
 アーベル家の敷地内での移動のため、護衛は必要ない。道中はたわいのない話で盛り上がっていた。

「ジークベルト様の伯母様はどのような方なのでしょうか」

 ディアーナの問いかけに、俺が知っている情報を伝える。

「我が国で初の女騎士だったけど、大恋愛をして伯爵夫人になったって話だよ。赤ん坊の頃に対面しているんだけど、ほぼ初対面だからね」
「大恋愛ですか、ぜひそのお話を伺いたいですわ」
「女の子は好きだよね」

 俺は言葉をつなげ、人並みの反応を示すディアーナを微笑ましく思う。

「そうですね。ジークベルト様は、恋愛小説はお読みになりませんか」
「そうだね、むか……魔法書や知識本、歴史書、あと戦記の小説などはよく読むよ」

 転生前の記憶と混同しそうになり、動揺して若干早口になってしまう。
 前世の妹に勧められ、数々の恋愛小説を読破した経験がある。本が好きだったので、ジャンルを問わず読んでいたのだ。

「ジークベルト様も姫様も本を読んでいて頭が痛くなりませんか。私は一ページ目でダメです」

 エマがおどけたように話に加わる。その様子から気づかれてはいないようだ。
 ほっと気づかれないように息を吐く。
 無意識のうちについ前世のことを口にしてしまう。
 前世の妹に勧められ数々の恋愛小説を読破した記憶がある。前世の俺も読書が好きだった。不運値のおかげで時間だけはたっぷりあったので、ジャンル問わず読破したせいで色んな分野の知識が中途半端にある。
 料理もそうだが無意識の内に口に出してしまう。
 気をつけないと、ただでさえ危ない体質なのだから。
 そうダンジョン踏破後、しばらくしてステータスを確認した際、それはあった──。


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 ジークベルト・フォン・アーベル 男 7歳
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:12
 HP:230/230
 MP:1310/1310
 魔力:1310
 攻撃:230
 防御:230
 敏捷:230
 運:420
 魔属性:全属性
 戦闘スキル:魔法剣Lv1・剣Lv1・短剣Lv1
 魔法スキル:火魔法Lv4・水魔法Lv2・風魔法Lv3・土魔法Lv2・光魔法Lv3・闇魔法Lv1・生活魔法Lv3・空間魔法Lv1・魔力制御Lv5
 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7・雷耐性Lv1・気品Lv3・直感Lv1・魔力察知Lv1・気配察知Lv1・危機感知Lv1・索敵Lv3
 技能スキル:隠蔽Lv-・作法Lv3
 上級スキル:鑑定眼Lv-・地図Lv-
 固有スキル:言語完全理解Lv-・成長促進Lv-
 加護:転生祝福
 称号:幸運者・苦労人
 魔契約:白虎
 スキルポイント:3950
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 称号欄に『苦労人』との表示があった。
 待て待て待て、いつ称号を取得したんだ。いつもの報告がなかったぞ。


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 ご主人様、申し訳ありません。
 取得時にご報告するべきでしたが、ダンジョン踏破に集中していただきたく、生死に関わる称号ではないはずですので、士気を下げるかと思い、ご報告いたしませんでした。

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 ヘルプ機能がいらぬ気遣いをしていた。
 しかも、生死に関わる称号ではないはず? そこはないと断言してよ!
 はぁーー。『苦労人』なんとなく答えはわかるが、調べてみる。


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 苦労人:あらゆる出来事になぜか巻き込まれ、その中心となる者に与えられる称号

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 うん。トラブル体質ってやつだね。
 幸運者の称号と、どちらの影響が高いのだろう。


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『苦労人』の巻き込まれ度合いは、予測不可能です。
『幸運者』で、ある程度の不幸は回避できますが、トラブルを事前に阻止することはできません。

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 まぁそうだろうね。『幸運者』のわりに俺は、数々のトラブルに巻き込まれてきたように思える。
 もともと、トラブル体質だったのだろう。それが蓄積され『苦労人』の称号を得たんだろう。
 あの事件、白虎、精霊、ダンジョン、反乱、ただ悪いことばかりではなく、ハクやディアーナたちに出会えたことには、心底感謝する。
 うーん、得たものはしょうがない。なんとかなるだろう。
 あきらめの早さとポジティブ思考は、前世の不運値のおかげでもある。
 さて切り替えて『苦労人』以外のスキルを確認しよう。
 今回ダンジョンで新たに取得したスキルは、魔法剣と剣、短剣、魔力察知と地図だ。
 レベルが上がったのは、風魔法・索敵だ。それぞれ1ずつ上がっている。
 そのほかは、日頃の訓練や狩りなどで取得していた。
 特に待望の戦闘スキルを所持できることはうれしかったし、ダンジョンボスとの戦いで、魔法剣・剣をダブルで取得できたのはラッキーだった。
 これで安全に魔物討伐できる範囲が広がる。ハクと一緒に『コアンの下級ダンジョン』へ魔物討伐に出向いてもいいだろう。
 ハクのレベル上げも考えないといけないしね。考えるだけでもワクワクしてきた。
 早く『身体強化』のスキルを取得したい。それにはまず体を強化する修練に耐えられる体力をつけなくてはならない。
 うん。新たな目標ができた。父上との八歳の誕生日までに剣スキルを取得するという課題の約束も守れたし、満足だよ。
 魔力察知は、地底湖内で取得できた。
 おそらくだが、ダンジョン内は魔力が充満しているため、そこで数週間、戦闘を繰り返し索敵などのスキルを乱発したことで、魔力に触れ合う機会が格段に上がったのが、魔力察知を取得できた理由だと思われる。
 気配察知と危機感知は『白の森』での狩りと、テオ兄さんたちとの魔物討伐の中で取得していたが、魔力察知だけは、取得できずにいたのだ。
 きっとダンジョン内の条件と経験があいまったのだろう。
 そもそもスキルを取得するには、相当な修練を積まないといけない。
 魔力察知の条件が俺の認識通りであれば、やはりダンジョン内でのレベルアップを今後視野にいれるべきだ。
 ハクも行きたがっていたし、コアンの下級ダンジョンの調査は一ヶ月ほどで終了する。
 広大なダンジョンのため冒険者に会う機会も少ない。
 しかも、俺は踏破済みであり、索敵と統合された地図スキルを所持している。
 うん。次の狩場は『コアンの下級ダンジョン』に決まりだ。
 そして最後は地図。取得時は技能スキルでの表示だったが、索敵と統合することで上級スキルでの表示となっている。
 これって、俺以外できるのかと疑問に思ったが、ヘルプ機能が答えてくれた。


 **********************

 可能です。地図と索敵のスキルレベルがLv-に到達した時点で統合が可能となります。
 地図、索敵スキルを同時使用し、一定の経験値を積み上げることで、統合されます。
 当時ご主人様の索敵はLv3で、地図スキルとの同時使用の経験もありませんでした。
 しかし、ご主人様がご希望されたため、スキルポイントを消費することで、統合を可能としました。
 私、がんばりました!

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 声色からヘルプ機能が褒めてほしいのが伝わる。
 たしかにあの統合には助けられました。ありがとうヘルプ機能。
 だけど、ご褒美に『精霊の森』は、ごめんなさい。まだ無理です。


 **********************

 残念です。
 しかし、私はあきらめません。
 もっと精進し、ご主人様の役に立ってみせます!

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 ヘルプ機能の決意表明が聞こえた。
 願いを叶えてあげたいのは山々だけど、俺の直感が『まだダメだ』と言っているんだ。
 だからごめんね。
 俺はひょんなことから『直感』のスキルを取得した。
 前世の料理を我が家の料理人に説明している時に、ヘルプ機能の機械的な声が聞こえた。


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 直感スキルを取得しました

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 その時は驚いて、手に持っていた食材を落としてしまった。
 三秒ルールで美味しく調理したが、突然の声は心臓に悪い。
 すぐにヘルプ機能に取得条件を確認した。


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 直感は直感が働いた時ですので。

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 じつに曖昧な回答が返ってきた。
 たしか──調理道具の代替え品を思いついた瞬間だった。
 だけどそれは、ひらめきであって、直感ではない。
 摩訶不思議な出来事である。
 このことから直感スキルを鍛えることはできそうにないと判断した。


 西の屋敷の中庭にたどり着く。
 このまま中庭から屋敷に入ることもできるが、今日は伯母に挨拶をしに来たのだから、礼儀を重んじて正面玄関から屋敷に入ろう。そう思って方向転換した矢先、大きな魔力の流れを感じ、俺とハクは素早く反応する。

『守り』
『ガウッ!(氷結!)』

 ハクは氷で防御を張り、辺り全体を霧で包む。その上から俺が守りの防御を重ねる。頭上から、氷の刃が降り注ぎ、中庭に次々と突き刺さる。

「ハク、ディアとエマを頼む」
「ガウ!〈わかった!〉」
「ジークベルト様、お気をつけて」

『収納』から黒い剣を取り出すと、殺気がする方向に構え、走りだす。もちろん『倍速』と『守り』を自分に使用することも忘れない。
 正面から人影が現れたと同時に、キンと剣と剣がぶつかり合う音が響く。「ぐっ」と腹に力を入れ、受け流すが重い。ザ―ッとうしろに下がり次の攻撃に構える。
 ここまでお転婆だとは聞いてないよ。先触れは出してたよね。
 挨拶に来たことを少々後悔するが、次の攻撃がくることもなく、霧が徐々に晴れていき、赤い髪を高く結った女性が、困った表情をして剣を鞘に収めていた。

「強者の気配がしたので、すまない」

 女性は深く頭を垂れた。反省しているようだ。
 この人が、ルイーゼ・フォン・クルマン、俺の伯母だ。
 騎士団の軍服に似た装いだが、赤い刺繍が上着全体に施され品がある。
 伯爵夫人とは、到底思えない格好だけど、とても似合ってはいる。

「ルイーゼ様!」

 非難めいた声が聞こえ「まずいっ」と、素早く俺のうしろに隠れるが背丈が合っていないので、バレバレです。
 侍女長のアンナが、ハクとディアーナ、エマを引き連れて現れる。

「隠れても無駄です。あれほどお伝えしたではありませんか。屋敷内での戦闘行為は禁止であると。ルイーゼ様は、伯爵夫人なのですよ。わかっているのですか」
「しかしアンナ、強者の気配がした。魔獣を確認すれば危険だと判断するだろう」

 伯母が俺の背後で正当性を主張するが、アンナがそれを一掃する。

「ヴィリバルト様が、屋敷内全体に強固な『守り』の魔道具を設置されているとお伝えしましたよね。国中の魔術師が総出で攻撃しても耐えられる仕様だと、ご心配はご無用ですと何度もお伝えしましたよね。またハク様の存在も事前にお伝えしましたよね」
「いやしかし、とてもかわいい皆の癒しだと聞いていたのだ」
「ガウッ?〈なに?〉」

 警戒を解いたハクが首を傾ける。
 うん。かわいい。思わずモフモフしたいぐらいにはかわいいし、癒しだ。

「そうですよ。この姿を見てもそうおっしゃいますか」
「うっ、それは……」

 現実を突きつけられた伯母は反論ができず、黙ってしまう。

「このことはクルマン伯爵にしっかりとご報告させていただきます」
「アンナ! それだけは勘弁してくれ。フェルに知れれば、当分コルセット付きのドレスで過ごさないといけなくなる」

 悲壮な声でアンナに訴える伯母に、にこやかな顔をしたアンナがとどめを刺した。

「いいことではありませんか。ルイーゼ様、あなた様は伯爵家へ嫁いだのですよ。伯爵夫人としてクルマン様を支えなければなりません。私の教育不足だったようですね。滞在中、再教育を行います。覚悟なさってください。逃げ出すことは許しません」

「そんなっ!」と、絶望した声を出す伯母。

「本日からと言いたいところですが、私も鬼ではありません。せっかくジークベルト様がご挨拶に来られたのです。積もる話もありましょう。お茶をご用意いたしますので、室内でお話しください」

 アンナは伯母の態度を気にすることもなく淡々と話をする。
 俺の背後で「わかった」と落胆した声が聞こえた。

「その前に中庭をもとに戻してくださいね」
『整地』

 アンナの指示に、伯母が従い土魔法で、氷の刃が刺さってボコボコになった中庭を整えた。広範囲の魔法施行と剣技に、我が国初の女騎士になっただけはあると評価して、伯母の実力を認識する。
 そろそろ俺のうしろから隠れずに出てきてほしい。伯母はアンナのことがよほど怖いらしい。
 父上や叔父が唯一頭の上がらない伯母。その伯母が恐れるアンナ。アンナ最強説が頭をよぎる。
 たぶん単純に伯母の弱点がアンナなのかもしれない。
 そもそもアンナが叔父の屋敷にいること自体珍しいのだ。きっと叔父が手配したのだろう。


 室内に入ると、すでにお茶やお菓子の用意がテーブルの上にされていた。
 上座に伯母が、その正面に俺、その両隣にディアーナとエマがそれぞれ席に着く。
 もちろんエマは強制的に座らせた。
「うっうう。私、侍女なのですよー」と、泣き言が聞こえたが無視した。
 ハクは俺たちから少し離れた室内の場所に用意された丸いクッションの上にくつろいだ。

「改めまして伯母様、ジークベルトです」
「ルイーゼ・フォン・クルマンだ。先ほどは突然攻撃をして失礼した。お嬢様方もハク殿も驚いただろう。誠に申し訳ない」

 俺の挨拶を受け、伯母は立ち上がると頭を下げた。
 その所作は、美しく、綺麗な礼儀が、気品を際立てる。
 侍女たちが『麗しの騎士』との二つ名で呼んでいたのもうなずける。

「伯母様、頭を上げてください。もう済んだことです」
「しかし私は本気だった。ジークベルトが強くなければ大怪我をさせていた。すまない」
「誰も怪我をせず、穏便に済みました。もうよしましょう」

「だが……」と、納得しそうにない伯母に俺は告げる。

「伯母様は、明日からアンナの再教育を受けるという罰があるではないですか」
「そうだったな。しかし、やはりけじめは必要だ。今後なにか困ることがあれば協力しよう。お嬢様方もハク殿もだ」

 伯母が一瞬苦渋の表情をするも、すぐに表情を戻し俺たちに提案した。
 それに俺は了承を伝え、全員に同意させる。

「わかりました。みんなもそれでいいね」
「「はい!」」
「ガゥ!〈いいぞ!〉」

 その様子に伯母は小さく息を吐き、ほっとした表情をして再び席に腰を掛けた。
 アンナが用意したお茶に手をつけ、三度息を吐く。
 殺気立った相手が子供だったことを相当気にしていたのだろう。

「ジークベルト様、ご挨拶をしてもよろしいでしょうか」

 ディアーナが空気を読み、俺に尋ねる。

「うん。ディア、後回しにしてごめんね」

「いえ」と俺に微笑むと、伯母に向けて挨拶をする。

「クルマン伯爵夫人、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、エスタニア王国第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアと申します。先日ジークベルト様と正式に婚約いたしました。今後はジークベルト様を支えるよう努力いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「貴殿が……やはり噂はあてにならないな」

 どのような噂があるのか、後でヘルプ機能に確認しておこう。

「侍女のエマです。このような状態でのご無礼をお許しください」

 エマは皆と一緒に腰掛けていることを詫びた。

「気にするな。側室候補と聞いている」
「伯母様、それは違いますよ」

 伯母の危ない発言をすぐに俺は訂正した。
 すると伯母がと不思議そうに首を傾ける。

「そのように大事にしているのにか。男たちの考えはわからないな」
「クルマン伯爵夫人、ジークベルト様は照れているだけですわ」

 否定する俺の様子を見て、ディアーナが的はずれなことを言う。

「やはりそうか。ディアーナ王女、私のことはルイーゼと呼んでくれ。敬称はどうも慣れなくてな」
「わかりました。ルイーゼ様、わたくしも敬称は必要ございません。婚約ではございますが、すでにわたくしはアーベル家の者です」
「そうか。ディアーナ殿、ジークベルトを支えてやってくれ」
「はい。もちろんです。エマと共に生涯お仕えいたします」
「それは心強い! 安心した」

 伯母とディアーナは互いに顔を見合わせ、微笑み合う。
 会話の内容は置いといて、ふたりの会話が弾んでなによりだ。
 ディアーナがいまだに側室をあきらめていないこともわかったし、まぁエマも「私がジークベルト様の側室だなんて、恐れ多いです」と言っていたので、側室候補の話は時間が経てば流れるだろう。

「ガゥー〈紹介して〉」と、ハクが俺の膝に両足を置き鳴いた。
 丸いクッションにいたハクが挨拶と聞いて俺のそばに寄っていたのだ。
「ごめんね、ハク」とフワフワの頭をなでる。

「伯母様、ブラックキャットの変異種で、僕の相棒のハクです」
「ガゥ!〈ハクだ!〉」
「変異種だったのか、どうりで強い。氷魔法が使えるのだな」

 伯母が興味深そうにハクを見て、俺に尋ねた。

「はい。僕と共にヴィリー叔父さんに指導していただいています」
「ヴィリバルトにか。ほほぅ」

 俺が叔父の名前を出した瞬間、伯母のまとっている空気が豹変し、黒い瞳が妖しげに光る。
 えっ!? 叔父、伯母になにをしたのですか。めっちゃ地雷ですやん。

「次の指導はいつなのだ?」
「あっ明後日ですね」
「そうか。ぜひとも私も参加したいな」
「僕には判断ができません。ご教授いただいている立場ですので」
「それもそうだな。アンナ!」

 伯母が呼ぶと、扉の前に待機していたアンナが伯母のそばに寄る。

「はい。ルイーゼ様いかがなさいましたか」
「次のジークベルトの魔法の修練。私も参加したい。手配してくれ」
「しょうがないですね。今回だけですよ。私がヴィリバルト様にお伝えしておきましょう」
「助かる」

 アンナがあっさりと伯母の参加を許可した。
 えっ、再教育は? えっ、絶対空気おかしくなるよね。その中で魔法の訓練を俺がするの?
 あっ、もう確定事項なんですね。
 まじか、叔父よ、伯母となにがあったか知らないが、巻き込まないでほしい。
 どう考えても板挟みな情景が思い浮かび、頬が引きつる。
 後でアンナに、叔父と伯母のことを聞いて、対策を取ろう。
 するとハクが「ガルゥ?〈ルイーゼも一緒に修練するの?〉」と、期待した目で俺に聞いてきた。

「そうだよ。伯母様も次の修練に参加してくれるんだよ。ハクと同じ氷魔法の使い手だから、いろいろと教えてもらえるね」
「ガウッ!〈ルイーゼ、よろしく!〉」
「あぁ、よろしくな」

 ハクの純粋な瞳に、伯母は毒気が抜けた顔をして返事をする。
 そうだ、俺にはハクがいた。これは大丈夫かもしれない。光が見えた。

「では、わたくしたちも見学してよろしいですか。もしくは参加させてください」
「ディアーナ殿も参加か。エマ殿はどうする?」
「私は適正がありませんので、見学でお願いします」
「そうか。アンナ」
「はい。ヴィリバルト様にお伝えしておきましょう」
「ありがとうございます。実は風魔法のレベルがなかなか上がらず困っていたのです」

 あっさりとディアーナの参加も決まる。
 あれ? もしかして俺が思っているほど深刻なものじゃない。
 伯母が申し訳なさそうに、ディアーナに伝える。

「風魔法か。すまない。私は専門外だな」
「いえ、お強い方にご教授いただくだけでも、勉強になります」
「向上心が高いことはいいことだ」

 伯母が感心したようにうなずく。

「ありがとうございます。あのルイーゼ様」

 ディアーナが言い難にくそうな雰囲気を出し、伯母の注目を集める。

「なんだ?」
「ルイーゼ様は大恋愛の末、クルマン伯爵に嫁いだと伺いました。よろしければそのお話聞かせてくださいませんか」
「大恋愛と言うほどの話でもないが……」
「それでもお願いします!」
「あぁ、わかった」

 ディアーナの勢いに負けた伯母は返事をすると、クルマン伯爵との馴れ初めを話しだした。
 アンナがそっと伯母たちのそばを離れると、そのやり取りをうなずきながらニコニコと笑顔で見届けていた。



 ドン、ドン、ドカーン!
 ザッ、ザッシューー、キンッキンキン──。

 修練場に剣と魔法の轟音とふたつの影が重なる。

「くっ、ヴィリバルト腕を上げたなっ」
「姉様こそ、実戦から遠ざかってるとは到底思えませんよ」
「その油断が命とりになるぞ!『氷刃』」

 伯母の氷魔法が至近距離で叔父に炸裂した。
 あれは一昨日、俺たちが受けた魔法だ。次々と氷の刃が地面に刺さり、叔父の周りから土埃が舞い上がる。
 さすが叔父。あの距離でひとつも被弾していない。

『疾風』

 土埃が円を描く。地面に突き刺さった氷の刃が宙に舞い、10mほど上で止まる。
「チッ」舌打ちをした伯母がうしろに下がる。すると止まっていたはずの氷の刃が、伯母に襲いかかる。その勢いは『疾風』の影響により、速さが増していた。
 辺り一面にズドドドドッとの地響き鳴り、土が舞う。伯母が襲いくる氷の刃を剣で防ぐが、数本が服にかする。

「姉様、甘いですよ」

 氷の刃に気を取られていた伯母のすぐそばに叔父が移動していた。
 叔父が剣を振り、キンッと、伯母の剣が空を舞う。
 決着がついたと誰もが思った瞬間、叔父の首筋に短剣があてられていた。

「その言葉そのまま返すぞ、ヴィリバルト」

 伯母が不敵に笑う。
 叔父が剣を鞘に納めながら「姉様、引き分けですよ」と伝えた。

「なに!?」
「うしろを見てください」
「いつの間に……無詠唱か」

 そこには鋭く尖った土の塊が、伯母のすぐうしろまで迫っていた。
 大きくため息をついた伯母は、叔父の首から短剣を引く。すると土の塊が砂に戻った。

「この根性悪っ!」
「姉様も人が悪いですよ。短剣を服の中に忍ばせているなんて」
「それぐらいしなければ、お前には勝てん」
「まだあの時のこと根に持ってるんですか」
「うるさいぞ。ヴィリバルト! 今回は引き分けで許してやる。そもそもお前は相手に対しての誠意が足りんのだ! そもそもあの時だって──」

 伯母の怒涛の口攻撃が始まった。幾ばくか戦いより白熱しています。
あれには近づかないほうがいい。

「すごかったですね」

 ディアーナが両手を胸に組んで戦いの余韻を味わっている。その横でエマがコクコクとうなずいていた。

「そうだね。いろいろと参考になったよ」

 俺が同意すると、横にいたハクが興奮した様子で話した。

「ガルゥ! ガゥッ!〈すごかった! ハクも『氷刃』使う!〉」
「うん。でも今日はそっとしておこうね」

 今伯母に近づくと絶対に巻き込まれる。それだけは断固阻止だ。
 言い聞かせるようにハクに伝えると、俺の意図を察したハクが返事をした。

「ガウ〈わかった〉」
「じゃ屋敷に戻ろう。ディアさえよければ一緒に魔力循環の修練をしよう。風魔法がうまくできないって言っていたよね」

 俺の問いかけに「はい」と弱々しげな返答がくる。

「魔力循環がうまくできるようになれば『魔力制御』の取得が可能になるんだ。そうすれば風魔法の制御がうまくできるようになりレベルアップにつながると思う」
「本当ですか」

 説明を聞いたディアーナが食い気味に俺に迫る。
 俺は無言でそれにうなずいて、その矛先を変えるように隣にいるハクの頭をなでる。

「ハクも一緒にやろうね」
「ガルゥ!〈やる!〉」

 俺たちは屋敷に向かう。するとエマが遠慮がちに声をかける。

「あの本当に、あのままでよろしいのでしょうか」
「うん? ルイーゼ伯母様が突然仕掛け始めたことだからね。一時間ほど戦っていたんだから満足したんじゃない」


 今からおよそ一時間前、俺たちがいつもの修練場に赴くと、すでに叔父がいた。
 ただまとう空気が尋常ではなかった。その雰囲気に誰も声をかけず佇んでいると、後方から伯母の姿が見えた。
 そしてそれは突然始まった。伯母が剣を抜き、叔父に切りかかったのだ。
 唖然としている俺たちのすぐそばで始まった戦いに、やはりこうなったかと、念のため『守り』を施しながら、修練場より遠のいた場所に土魔法でベンチをつくり、観戦した。
 ふたりの戦いは、最初は純粋に剣のみだったが、中盤から魔法が入り、後半は白熱の攻防となった。
 ブランクがあるはずの伯母の動きは、現役騎士に勝るとも劣らないものであり、それを受け流す叔父も相当の腕だった。
『お属初め』から、叔父のステータスやスキルレベルは、だいぶ上がっていると予想する。
 きっと新しいスキルもたくさん取得しているだろう。叔父のステータスを鑑定しようと決める。
 残念ながら、伯母のステータスも確認できていない。
 一昨日挨拶しに行った時、『鑑定』をするタイミングを逃してしまったのだ。
 というのも、意外や意外、クルマン伯爵との馴れ初めは、とても伯母らしいエピソードで心を掴む話であり、不覚にも聞き入ってしまい、気づけば夕食の時間になっていたのだ。
 しかも話が佳境に入りつつあったため、そのまま西の屋敷に泊まり続きを催促した。この俺たちの行動に伯母は苦笑いしながらも付き合ってくれた。大恋愛と噂が立つのもうなずける内容だった。
 そんなこともあり、伯母のステータス確認はできなかったのだ。
 それに伯母の事前情報から、だいたいのステータスは把握できる。
 近衛騎士団所属のため、レベルは20以上であることは間違いないし、魔属性も水・土・氷だと予想ができる。高い戦闘スキルを所持していることもわかる。
 ともあれ伯母は、この戦闘で落ち着くらしい。
 アンナ曰く「ルイーゼ様は、一戦交えれば落ち着きますので」とのことだった。
 どこの戦闘狂ですか、まったく。
 次は、誰かの剣の修練時に父上、いやアル兄さんと剣を交えてそうだなぁと、遠くない未来を想像する。
 当分は伯母に振り回されそうだ。



 俺たちはアーベル家の屋敷に戻ると、室内で魔力循環の修練を始めていた。

「ディアは、魔力循環が苦手なんだね」

 苦戦している様子のディアーナに、俺はつい声をかけてしまった。

「はい。つい集中が途切れてしまうのです」
「こればかりは、日々の積み重ねがとても大事だよ」

 不甲斐ないそぶりを見せたとうつむいて話すディアーナに、毎日の修練が大事であることを俺は伝える。

「ジークベルト様は毎日魔力循環されているのですか」
「そうだね。時間があればハクと魔力循環しているよ」

 魔力循環は瞑想に近いものだ。
 体内の魔力の流れを感じ、均等に魔力を循環させ、高質な魔力循環を行う。
 この行為を長く持続でき、また瞬時に質のいい魔力循環ができれば、戦闘においてとても有利に立てる。
 だから日々感覚を忘れないよう努力している。
 実は、魔力循環が『魔力制御』の修練にもなることはあまり知られていない。

「ハク様は『魔力制御』をお持ちなのですか」
「ガウ!〈持ってる!〉」

 ディアーナの質問にハクはうれしそうに尻尾を振りながら肯定し、それを俺が補足する。

「最近Lv2になったんだよね」
「ガルゥ!〈がんばった!〉」

 ハクは『魔法色』の影響で、魔力循環ができない状態だったが、その後『浄化の石』で体内の魔法色を消し、魔力循環ができるようになった。
 できないものを克服したハクは、魔力循環を好み毎日欠かすことなく行った結果『魔力制御』を早い段階で取得した。そして氷魔法の修練も順調に進み、氷魔法スキルを取得したのだ。


「ディアは、風魔法スキルを取得できているんだよね」
「はい。Lv1ですが取得はしております」
「魔属性は、風と無だったよね。生活魔法は?」

 唐突な俺の質問に、意図が読み取れないのであろう。ディアーナは何度か瞬きを繰り返しながらも素直に応えてくれる。

「生活魔法は取得できていません。修練では風魔法の取得が最優先でしたので」
「なるほど……。なら当分の目標は『魔力制御』と『生活魔法』の取得だね。『空間魔法』は今のディアの魔力値では取得はできないからね」
「えっ『空間魔法』ですか?」
「うん。今は無理だけど、レベルを上げて『魔力制御』のレベルも上げれば『空間魔法』を取得できると思うよ」
「本当ですか!」

 ディアーナは驚いた表情で俺を見ると、すごい勢いで俺のそばに近寄ってくる。
 そんな彼女に「うっ、うん」と俺はうなずく。
 それを見たディアーナが、ぱぁと花が咲いたような笑み顔を浮かべた。
 めちゃくちゃかわいい。
 俺の婚約者、めちゃくちゃかわいいんですが。

「魔力循環、がんばろうね」
「はい! 高い目標があればがんばれます!」

 ディアーナに気合いが入ったのがわかった。
 魔力が高い彼女のステータスなら『空間魔法』の取得条件である魔力値200は、Lv24で到達可能であると予測できる。


 ***********************
 ディアーナ・フォン・エスタニア 女 7才
 種族:人間(先祖返り)
 職業:エスタニア王国第三王女
 Lv:5
 HP:34/34
 MP:39/39
 魔力:42
 攻撃:28
 防御:30
 敏捷:26
 運:10
 魔属性:風・無
 ***********************


 本人の強い要望もあり、今後パーティーを組んで一緒に行動するので、レベル上げの心配はいらないし、その前に『魔力制御』を取得できれば、ステータスの数値に反映されない魔力値が補填されるので、魔力値200に到達しなくても取得が可能なのだ。

「いいなぁ。私も魔法が使えれば、皆様と同行できますのに……」

 俺たちが盛り上がっていると、エマが、ぼそっとささやいた。その声を俺は見逃さず拾う。

「エマなにを言ってるんだ? ディアが僕の出した条件をクリアできれば、君も一緒にパーティーを組むんだよ」
「えぇ! そうなのですか!? 私なにも聞いてませんし、足手まといになりますよ。えっ?」

 見当がつかない不測の事態に、エマが混乱し始める。

「エマは、今アンナに体術を叩き込まれているよね」
「はい! アンナ様にご教授いただいております」
「戦闘スキルを取得できれば、戦えるよ?」

 俺はエマにわかりやすいように言葉を選び誘導すると、眉をひそめながら自信なさげにつぶやいた。

「えっ、でも、皆様のように強くありませんし……」
「自分の身を守れれば大丈夫だよ」
「えっ?」
「旅先の料理をお願いするって話だったよね?」
「えっ?」

 エマが疑問を再度口にしたところで、あきれたと言わんばかりの口調でディアーナが言った。

「聞いていなかったのね、エマ」
「姫様、申し訳ありません」

 エマが恐縮して頭を下げると、しかたがないといった様子でディアーナが、俺たちがパーティーを組む条件を説明しだした。
 自身を守れる魔法スキルを自由に操れること。これがディアーナとパーティーを組む俺の条件だった。
 次の日からディアーナは『守り』の修練を始め、エマはアンナに体術を習い始めた。てっきり話を聞いて、体術を習い始めたと思っていたが、ただの偶然でどうやら俺の勘違いだったようだ。
 どうもエマは俺が出した条件を聞いて、自分はその対象にさえ入れないと思い、ショックのあまり話を最後まで聞いていなかったようだ。
 俺が出した条件はあくまでもディアーナのみであり、エマに該当はしない。けれどディアーナが条件をクリアしたら、エマともパーティーを組む。ただしエマは戦闘スキルを所持することとしたのだ。
 一般的な冒険者は、魔法スキルを所持していない。魔属性がない平民が多いからだ。そのかわり戦闘スキルを所持して冒険者になり活躍している。
 ディアーナの説明が終わったので、俺がエマに声をかける。

「エマは、戦闘スキルの取得が目標だ」
「はい! ジークベルト様と姫様に同行できるようがんばります!」
「ガゥ!〈ハクも!〉」
「すみません。ハク様も一緒にですね」
「ガウッ!〈そうだ、忘れるな!〉

 ハクがエマにツッコミを入れる。
 その微笑ましいふたりのやり取りを見つつ、俺は魔力循環の修練に戻り集中するのだった。



 叔父ヴィリバルトの伯爵の爵位授与式は、王城の玉座の間で粛々と挙行された。
 赤い絨毯が敷かれた先には玉座があり、威光のある美丈夫が腰を据えて臣下たちを見下ろしていた。
 マンジェスタ王だ。その横には、王妃が立ち、王太子と王子王女が並ぶ。
 そして玉座から見て右下側に、父ギルベルトを先頭にアーベル家の面々が並んで立つ。
 俺もそこにいた。
 近衛騎士よりも、俺たちのほうが王に近い場所にいる。
 この位置に誰も疑問が浮かばないようだ。
 王族、アーベル家を守るように近衛騎士が両側に立ち、少し離れた左側に国の重鎮たち、高位貴族、下位貴族と続く。
 玉座からの位置で、貴族の力関係を表している。
 アーベル家が『第二の王家』と称されるのも納得だ。

 この場所へ案内された時、俺はひどく緊張した。
 その様子に年に数回ほどしか会わない祖母ラウラのフォローが入る。

「ジークベルト、私のそばにいらっしゃい」
「はい。お祖母様」

 手招きをする祖母のそばに俺は移動する。
 その位置は少しだけほかの場所よりも奥になり目立ちにくい場所だった。

「驚くのも無理はないわ。玉座が近いものね。私も最初はすごく驚いたのよ。なのにこの人は涼しい顔をして平然としていたのよ」

 祖母が眉をひそめ視線を隣に向ける。
 そこには年齢のわりに体格がしっかりした父上によく似た赤い短髪の男性が立っていた。
 俺の祖父ヘルベルト・フォン・アーベルだ。
「ラウラ」と祖父が表情をゆがめる。
 どうやら祖父にとって祖母の言葉は心外だったようだ。
 その様子に祖母が、やや声のトーンを落とす。

「あら本当のことじゃない。とても心細かったのに」
「心細かったのか?」

 祖父が労わるような眼差しで祖母を見て、その腰を引き寄せる。

「えぇ。権威とはほど遠い男爵家の娘だった私が、玉座に近い場所に案内されれば、驚くし心細くもなるわ。ましてや玉座の間に入室することさえ想像つかなかったのによ」
「気づいてやれなくてすまない。君はとても堂々としていたから」

 徐々にふたりの距離が近づく。
 そして祖母が「あなたに恥をかかせることはできないわ」と、頭を微かに振ると祖父が「ラウラ」とその手を祖母の頬に置いた。
 ふたりの世界に入った祖父母は、人目を気にせずいちゃつきだす。
 あぁこれはもう、完全に俺のこと忘れてる。
 幼少時によく目にした父上と母上、ふたりの仲睦まじい姿を思い出した。
 血は争えないようだ。
 いちゃつくふたりの横で、どうしようかと途方に暮れていると、テオ兄さんの救済が入った。
 自然と俺がテオ兄さんの横に移動したように誘導してくれた。

「ありがとうございます。テオ兄さん、助かりました」
「お祖父様たちは、相変わらず仲がいいね」

 テオ兄さんはあきれた表情で祖父母の様子を見るが、その声色はとても優しい。

「人目は気にしてほしいですけどね」
「ははは。幼いジークにそれを指摘されたらお祖父様たちは立つ瀬がないね」

 玉座のそばで雑談ができるぐらい、テオ兄さんはこの場に慣れているようだ。
 どうも俺はこの立ち位置に慣れない。妙に落ち着かないのだ。
 その様子に気づいたテオ兄さんは、俺の気を紛らわすように、この場の心構えを教えてくれた。この位置は、マンジェスタ王国の建国以来『初代王が決めた慣例』で、深い意味はなく、ただの慣例だと考えなさいとのことだった。
 今後も国の関連行事に出席すればこの位置になるので、自然と慣れてくるそうだ。
 そうは言われても、七歳児には受け入れがたい場所だ。
 兄さんたちは年齢的にも余裕があるからだと拗ねていたが、精神年齢は俺のほうが上だったことを思い出し、少し反省した。
 授与式は滞りなく進み、過去の叔父の戦歴をたたえ、国にいかに貢献したか読み上げられた。
 盛大な拍手の後、王が右手を上げると一瞬にして静寂に包まれる。王が言葉を述べる。

「ヴィリバルト・フォン・アーベルに、伯爵の爵位を与える」
「謹んでお受けいたします」

 玉座の下で胸に手をあて叔父が拝礼する。

「うむ。こたびの授与に異論のある者は前に出よ」

 その言葉に誰も動かず、玉座の間が再び静寂に包まれる。
 王が満足そうに大きくうなずくと、叔父に視線を向ける。

「アーベル伯爵、今後もマンジェスタ王国、ひいては民のため、その力を存分に発揮せよ」

「御意」と、叔父の力強い声が玉座の間に響いた。


 ***


 きらびやかなシャンデリアが並ぶ大広間で、生演奏が途切れると、雑談していた人々が口をつぐみ、大広間の中央扉に注目が集まる。
 ファンファーレの奏と同時に扉がゆっくりと開く。
 扉の奥から王と王妃がその姿を現すと、人々は頭を下げその動向を見守る。
 正面の一段と高い王族席に腰を据えた王が右手を上げると、再び生演奏が流れ舞踏会が始まった。
 昼間の授与式と異なり、夜の王城は一変した。

 ダンスホールの中央では国王夫妻のファーストダンスが終わり、招待客が静観している中で、今夜の主役であるヴィリバルトがパートナーであるフラウと踊り始める。続いて、王子王女たちがそれぞれのパートナーと、アーベル家の成人組がそれに続く。
 ちなみに、マンジェスタ王国の第三王女アメリア・フォン・マンジェスタのパートナーが、テオ兄さんだったことには驚いた。

「婚約者がいない王族は、叙爵した家の独身者がエスコートをする決まりなんだ。本来は長子のアル兄さんがエスコートする予定だったんだけどね。アメリア殿下は男性が苦手でね。幼い頃から面識があり、マルクス殿下と三人でよく遊んでいたので、免疫のある僕がエスコート役に指名されただけなんだよ」

 要するに男性が苦手なアメリア様が、唯一平常心を保てるテオ兄さんが抜擢された。との理由らしいが、そんなに述べなくても、誤解はしませんよ。だって、ユリウス王太子殿下のパートナーは、マリー姉様ですしね。
 だけど、テオ兄さんにその気がなくとも、アメリア様は確実にテオ兄さんを狙っていると思います。ほらテオ兄さんへの熱視線。完全に恋する乙女の顔ですよ。
 それに男性は苦手かもしれないけど、アル兄さんとも面識はあるはずだし、わざわざそれを理由にテオ兄さんを指名するには少し無理があるんだよね。
 現在マンジェスタ王国で独身の王女はアメリア様だけなので、滅多なことがない限り、テオ兄さんが婚約者にはならないとは思うが、外堀を埋められないように気をつけてくださいね。
 ちなみに、マンジェスタ王国の現王には、五名の王子と王女がいる。
 すでに王女ふたりは嫁いでおり、王家からは離れている。
 現在王家に籍があるのは、ユリウス王太子殿下、第二王子マルクス様、第三王女アメリア様だ。
 嫁いだふたりの王女とは年が離れており、ユリウス王太子殿下が、アル兄さんと同じ年で二十二歳。マルクス様が、テオ兄さん同じ年で十七歳。アメリア様は十五歳のはずだ。
 お三方とも婚約者がおらず、誰が射止めるか社交界ではその話でもちきりだ。以前、王太子妃候補にマリー姉様の名前があるとの噂が流れたが、マリー姉様自身が「ありえないわ』と鼻で笑い一蹴したとの情報もある。
 マリー姉様ならやりかねない。
 今宵の舞踏会は特例で、成人前の子息令嬢も出席をしている。
 テオ兄さんが体面を気にするのもしかたないが、アメリア様のあからさまな態度で、周囲の認識は覆い隠せない。今まで噂にならなかったのが奇跡のようだ。
 社交界での話題は、しばらくテオ兄さんとアメリア様だろう。
 テオ兄さんって、ここぞって時の運が極端にないような気がする。本当に不憫すぎる。

「ワー」と、周囲から感嘆の声があがる。
 その先には、叔父とフラウが華麗にダンスを踊っていた。
 難易度が高い曲が演奏されているようで、ダンスホールには、叔父フラウペアと、王太子姉様ペア、そのほか二組、四組しかいない。
 その中でも、叔父フラウペアは息がピッタリと合っており、速い曲調のリズムにアップテンポなステップが踏まれているが、難しい曲を踊っているようには見えない。ふたりとも終始笑顔で楽しそうだ。
 叔父はスマートになんでもできるイメージがあるので、それほど驚きはしないが、フラウが踊れることに衝撃を受けたのと敬畏したのは内緒だ。
 さてそろそろ出番だ。



「ディアーナ王女、私と踊ってくれませんか?」

 俺はおどけた口調で、ダンスをディアーナに申し込む。
 ディアーナは満面の笑みで、差し出された手を重ね「はい」とうなずく。
 ダンスホールの中央にたどり着くと、タイミングよく曲が終わり、叔父たちがその場を俺たちに譲ってくれる。
 今日は俺たちのお披露目でもあるのだ。
 管弦楽団のナイスアシストで、俺たちに合わせたスローテンポの曲が演奏される。

「このテンポなら大丈夫そうだ」
「ジークベルト様にも苦手はあるのですね」
「この年齢で舞踏会に出席するとは思ってなかったからね」

 俺は肩をすくめながら、にわか仕込みのステップを踏む。
 お披露目をすると決まった日から、アンナの猛特訓が始まったが、いかんせん相性が悪かった。
 運動神経には自信があったはずだが、曲に合わせてステップを踏み、かつ相手をリードすることは並大抵のことではなく難しかった。
『慣れだよ』と兄さんたちは言っていたが、頭では理解できているが、体がついてこないのだ。
 もうここはスキルに頼ろうと、貴重なスキルポイントで取得を試みたが、スキル解放レベルが、まさかのLv20だったため、スキル取得ができなかった。

 俺の幸運どうした!? 残念すぎる。

 ディアーナは王女教育の一環で習い、物心ついた頃には、ほとんどのステップをマスターしていたそうだ。
「アドバイスできず申し訳ありません」と恐縮していたが、記憶がないだけでたくさん練習をしたのだろう。
 なかなか上達しない俺を見てアンナが「不覚。ジークベルト様にこのような弱点があるとは……。幼児期の教育カテゴリーを間違えたわ」と自身をかなり責めていた。
 出来の悪い生徒ですみません。
 必死に練習した俺は、なんとかアンナに合格点をもらい、今に至るわけだ。
 練習していた曲よりも、だいぶ難易度が低い曲に、内心緊張していた糸も切れ、ダンスを楽しむ。
 大勢の人は、俺たちのダンスを微笑ましく見ていたが、あからさまに好奇な目を向ける者が数人いた。
『地図』スキルの機能で、要注意人物として登録はしておく。敵対心はないとは思うが用心に越したことはない。

「ジークベルト様、とても楽しいです」

 うふふと可憐に微笑むディアーナに、俺の心臓は跳ね上がる。
 なにこのかわいさ! やばい、まじやばいんですが!
 今日のディアーナは一段と磨きがかかり、超美少女にランクアップしていた。
 ターンをするたびにフワッと裾が揺れる淡いイエローのドレスは、華やかでかわいらしい印象を与え、身に着けている装飾品も良質で小粒な宝石を使用しており、上品な輝きを放ち、その効果を上げていた。
 もちろんディアーナ本人が、光り輝いていて、かわいいんだけどね。
 ディアーナ王女の噂を一掃するにはもってこいの状況である。
 誰が見ても、純粋で可憐な少女が、反乱を首謀したとは考えられない。
 エスタニア王国の王位継承権が、複雑怪奇であるとの噂が流れていた。
 王女で唯一王位継承権があったディアーナ王女を陥れ、実兄の王太子の立場を揺るがそうとしたのではないか。誰かが意図したのだろう。今日のディアーナの姿で信憑性が増した。
 俺は手応えを感じて、ニヤッと口もとを緩めた。

「どうしました?」

 その表情の変化に気づいたディアーナが俺の耳もとでささやく。
 俺は音に合わせながらステップを踏み、彼女との距離が開くと、顔を見合わせる。

「ドレスとても似合っているよ」
「ありがとうございます。ジークベルト様が選んで贈ってくださったものですから……うれしいです」

 はにかんで頬を赤らめながらお礼を伝えるディアーナの表情は、素晴らしくかわいい。
 ディアーナの意識を逸らすことに成功した俺は改めて、彼女のドレス姿に見惚れた。
 うん。あの時の俺、よくやった。


 ***


 アーベル家の仕立室に、女性たちが集まっていた。
 授与式の後に行われる舞踏会のドレスの仕立てに侍女たちも心を躍らせていた。特に俺の婚約者として披露されるディアーナのドレスには、気合いが入っていた。
 長時間の拘束に、そろそろ俺の忍耐も悲鳴をあげている。
 するとある侍女が「ジークベルト様の瞳に合わせて──」と新たな提案をする。
 せっかくドレスの方向性が決まり始めたのに、振り出しに戻ってしまう。
 そう思った俺は「その色より……」と、つい口を出してしまった。
 視線がいっせいに俺に集まる。
 せっかく傍観者として周囲に認識されていたのに、自ら注目を集めてしまった。
 まぁ、せっかくの晴れ舞台だし、ディアーナがかわいく着飾るのは、俺もうれしいしと、言い訳を心の中でつぶやきながら、重い腰を上げると、机に並んでいる多くの布の中から、暖色系の淡い色をいくつか選択し、その生地をディアーナにあてる。

「うん。僕はこのイエローがいいな。とても似合うよ。うん。かわいい。ほかはこれとこれ」
「そっそうですか」

 今まで傍観していた俺が、突然生地を選びだしたことにディアーナは戸惑っている。周囲も黙ってその様子をうかがっていた。

「うん。僕の瞳の色に合わせて紫を選んでくれるのはうれしいけど、今のディアにはこの色がかわいいと思う」

 俺は自信を持って、発言した。
 色はシックより淡いほうが似合うし、寒色系より暖色系が合う。背伸びせず、今のディアーナの年齢に合わせた色がいい。

「たしかに……ジークが選んだ色のほうが似合うわ」

 女性たちの中心でドレスを選んでいたマリー姉様が助言した。
 ディアーナもうれしそうな表情をして、俺の意見を受け入れてくれる。

「ジークベルト様が選んでくださったイエローにいたします」
「次はドレスのデザインね」

 マリー姉様が次の段階に進もうとしたため、ディアーナがそれを止める。

「マリアンネお義姉様は、ドレスを新調なさらないのですか」
「以前作ったものがあるの……。そうね! せっかくだし私も作るわ!」

 マリー姉様はチラチラ俺に目配せしながら、生地を選んでいるふりをする。
 はいはい。俺が選ぶんですね。苦情はいっさい聞きませんからね。
 なんとかマリー姉様のドレスの色を決めて、解放されると思いきや、俺が甘かった。
 ドレスのデザインまで、意見を求められ、一日拘束された。
 うん。女性の買い物に口を出すのはダメだと学んだ日だった。



「ガルゥー!〈やったぞー!〉」

 勝利の雄叫びをあげているハクの横で、ドロップ品を素早く回収している俺。
 ただいまコアン下級ダンジョンで、ハクのレベル上げの真っ最中である。

「ハク様、見事な討伐でした」
「あの動きは私には無理です。姫様どうしましょう」

 ディアーナが拍手をしてハクの討伐を褒める横で、青白い顔をしたエマが両手を頬にあて叫ぶ。
 エマ、大丈夫だ。君に戦闘能力は望んでいない。最低限の身を守る技術があればいいのだ。

「ハク、魔物を弱らせてくれるかい。エマが一撃で倒せるぐらいに弱らせてほしいんだけど」
「ガウ!〈わかった!〉」
「ありがとう。ハク」

 俺の意図を正確に読み取ったハクは、尻尾を大きく振り同意してくれた。
 俺がハクの頭をなでていると、エマが遠慮がちに恐縮して言う。

「あっあの、ジークベルト様、それではハク様に申し訳ないというか。私でも、なんとかひとりで倒せるようにがんばりますので」
「死ぬよ。エマ、君のステータスは説明したよね。甘く見ていたら死ぬよ。ここは下級ダンジョンだけど推奨は冒険者ランクC。君ひとりで格上の魔物と戦闘できるわけない。ここはハクに任せるんだ」

 俺がいつになく厳しい態度を示したことで、エマの表情が引き締まった。

「はっはい。すみません。ハク様お願いします」
「ガウッ!〈まかせて!〉」

 ハクがLv6に到達したため、本来の目的であるエマのレベル上げをする。
 エマのステータスは、尋常じゃないほど低かった。早急に対応する必要があるため、パーティーを組むための条件などと悠長に述べている場合では なかったのだ。
 横着してエマのステータスを確認していなかった俺にも問題はある。もう後悔はしたくない。


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 エマ・グレンジャー 女 12才
 種族:人間(エルフクォーター)
 職業:侍女見習い

 Lv:1
 HP:8/8
 MP:1/1
 魔力:2
 攻撃:3
 防御:6
 敏捷:1
 運:7

 技能スキル:料理Lv3、家事Lv2、作法Lv1

 加護:精霊の祝福(封印中)
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 このステータスでよくダンジョン踏破についてきたと思う。
 俺の鑑定眼の情報でエルフのクォーターであることもわかった。本人は認識がないようだ。
 非常に残念なことにエマは、魔力がない。精霊の祝福があるにもかかわらず、精霊と魔契約できるだけの魔力がない残念なエルフなのだ。

 二年前にディアーナに拾われたエマだが、それまでは山奥に母親とふたりでひっそりと住んでいた。母親が亡くなり、たまたま訪れた王都でディアーナと会い、そのまま侍女見習いとして仕え始めたそうだ。
 いや、本当に今までよく生きてこられたと感心するステータスだ。


 ***


 エマのステータスに衝撃を受けた俺は、すぐにエマのレベルを効率よく上げるため、コアンの下級ダンジョンを選択した。
 子供じゃないのだから、白の森でホワイトラビットを追うような、のんきな狩りはできない。
 それにハクやディアーナ、そして俺の戦闘経験を増やす必要もある。経験がものをいうことを踏破で実感した。
 しかも、叔父の伯爵の叙爵後、アーベル家は多忙を極めていた。
 そのおかげで俺たち子供たちへの監視が甘くなっていたことを俺は見逃さなかった。
 絶好の機会に、ディアーナたちを引き連れ、普段通り修練場に向かうと迷わず『移動魔法』でコアンの町へ移動した。
 転移した瞬間、ディアーナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し「『移動魔法』やはり使えたのですね」と冷静にひとりで納得していた。対するエマは「えっ、えーー? 修練場にいたはずですが、ここはどこです?」と、かなりのパニックに陥っていた。
 そんなふたりをよそに、俺はすぐ指示をして歩きだした。

「説明は後で、すぐにダンジョンに入るよ」
「はい」
「ガウ!〈わかった!〉」
「あっ、ジークベルト様、姫様、ハク様、置いていかないでくださいっ」

 事前に認識阻害の魔法をかけていたので、周囲から不審な目で見られることもなく階層スポットに入る。
 そこから十七階層の洞窟に転移した。
『地図』スキルを発動させる。近くに人がいないことを確認し、半径一キロ以内に接近した場合、アラートが鳴るよう設定する。

「ガルゥ!〈早く狩りに行こう!〉」
「ハク、待って。先にディアたちに説明しないといけないから」
「ガウ!〈わかった!〉」

 ダンジョンに興奮して急かすハクを止める。ハクはご機嫌な様子で俺のそばに寄り、尻尾を俺の足に絡ませた。どうやら催促しているようだ。
 そんなハクの頭をなでてから、ディアーナとエマの態度に注視する。
 ディアーナは、洞窟内を注意深く見回し「前回の場所とは違うようですね」と、周りの状況を把握していた。エマは、その横で唖然と突っ立っていた。
 これは性格の差かもしれないが、致命傷となる。この部分も改善しなければならない。
 あと二ヶ月、いや抜け出せる機会はそうそうない。そう考えると時間が足りない。
 ネガティブに考えてはダメだ。今できるところまでやろう。最善を尽くすんだと気合を入れる。

「僕が出した条件だけど、反故にしてごめんね」
「いいえ、なにか事情があるのですね」

 俺が話を切り出すと、ディアーナが姿勢を正して反応する。エマも緊張した面持ちで俺を見る。

「近々エスタニア王国で武道大会があるよね」
「はい」
「それにディアは同行するね。名目は僕の婚約者となったことの報告だ」
「はい」
「先日の反乱の根が深いのは、わかるね」
「はい」
「ディアは表向き、王位継承権は第四位だ。父上は『降嫁すると決まった時点で、王女の王位継承権は消滅する』と言っていた。『降嫁すると決まった時点』とは、いつの段階を示すのだろう。婚約をした時点? 結婚をした時点? 多くの人は結婚をした時点であると考える」
「それは……」

 ディアーナが目を見開き、言葉を詰まらせる。
 それを目視した俺は、確信めいたことを告げる。

「たしかにアーベル家は他国であり、婚約した時点で婚約破棄される可能性はないに等しい。だけど王位継承権が消滅したと考えない人もいるんだ」

 一瞬でディアーナの顔色が変わった。俺が言いたいことを悟ったようだ。

「また狙われるのでしょうか?」
「わからない。だけど用心に越したことはない」
「はい。では今回の同行は、私共のレベル上げでしょうか」
「うん。ディアもレベル上げが必要だけど、早急に対応しないといけないのは、エマだよ」

 突然話を振られたエマは「わっ私ですか!?」と、狼狽する。そんなエマに、俺は真剣な表情で尋ねる。

「エマ、君のステータスは絶望的に低い。というか、いまだLv1だよね」
「Lv1ですが、絶望的なんて大袈裟に言いすぎですよ」
「エマ、あなたLv1なの?」
「はい。姫様、なにかおかしいでしょうか?」

 ディアーナの態度から、なにかを察したエマがその様子をうかがいながら尋ねるが、彼女がそれに答えることはなかった。
 エマの肯定に絶句していたのだ。
 俺はそれに気づくと、ディアーナの代わりにエマの質問に答えた。

「エマの年齢でLv1なんて、ほぼいないんだよ。最低でもLv5はある」
「そうなんですか? 今まで不便を感じたことはありませんが?」
「そこが不思議なんだよね。ステータス値はあくまで数値化されているだけで、基礎体力は比例してないのかもしれない。だけど、エマの数値だけを考えれば、あしで足手まといになる。エスタニア王国に行くまでに、最低でもLv10にするんだ。これは、ハク、ディアもだ」
「「はい」」
「ガウ〈わかった〉」

 全員が神妙にうなずく。事の大きさをわかっているようだ。
 安心した俺は、各自のレベルとステータスを書いた紙を『収納』から出して各々に見せた。

「現在の各自のレベルはこれだよ」


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 ジークベルト・フォン・アーベル
 Lv:12
 HP:230/230
 MP:1310/1310
 魔力:1310
 攻撃:230
 防御:230
 敏捷:230
 運:420
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 ハク
 Lv:6
 HP:275/275
 MP:235/235
 魔力:255
 攻撃:215
 防御:185
 俊敏:290
 運:125
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 ディアーナ・フォン・エスタニア
 Lv:5
 HP:34/34
 MP:39/39
 魔力:42
 攻撃:28
 防御:30
 敏捷:26
 運:10
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 エマ・グレンジャー
 Lv:1
 HP:8/8
 MP:1/1
 魔力:2
 攻撃:3
 防御:6
 敏捷:1
 運:7
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 ステータスを見たエマが「ほぉわぁー」と、歓声をあげる。

「ジークベルト様やハク様のステータスは、すごく高いですね。お強いのも納得です」
「エマ、あなたのステータス……っ」

 エマの横で小刻みに震えながら言葉をつなぐディアーナ。

「今までどうしていたの。わたくし、無理をさせていたのかしら? 主人として失格だわ!」
「姫様? 無理などしてませんよ。主人失格なんて、姫様は最高のご主人様ですよ。あっ今はジークベルト様もですけどね」

 ディアーナの嘆きに、その意味を理解していないエマが慌てて否定するも、彼女にその声は届いていない。
 ディアーナのあからさまな動揺は、しかたがないことだ。
 エマの年齢から考えても、このステータスはありえないのだ。
 基礎体力がステータス値に比例していないとしてもこの数値では、悪病にかかり命を落とすこともあるはずだ。
 レベル上げは、戦闘経験値、魔物を倒すほかにも方法がある。一般の人が戦闘をすることは難しいが、日々生活をしている中で人は体力をつけ、行動する。それが蓄積され、成長と共に若干だがレベルが上がるのだ。
 エマにはその蓄積がない。原因は『精霊の祝福』だ。
 気になってヘルプ機能で調べた。


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 エルフクォーター……。
 まさか身近にいたとは、気づけず不覚。

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 ヘルプ機能? 何か言った?


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 いいえ、なんでもございません。失礼しました。
 エマ・グレンジャーが、なぜLv1なのか、原因は『精霊の祝福』です。
 精霊の祝福は、精霊と魔契約するのが大前提のものです。
 魔契約をすれば恩恵がもらえますが、しなければ弊害があります。

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 その弊害が、経験値が蓄積されないってことなのか。だけどエルフは、誕生時に精霊の祝福があるはずだ。
 だとすれば、魔契約するのに相当時間を要することになる。


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 エルフは種族特性で、初期ステータス値が人間より高いのです。
 特に魔力は、魔契約できるだけの値があります。
 以前にも申し上げましたが、たまに魔契約できないほど魔力がないエルフもいます。

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 あぁ、残念エルフね。
 といことは、エマの種族は人間だから、人の初期ステータスで魔契約できず、経験値の蓄積もできないってことだね。
 さんざんな結果だ。
 しかも、HPや防御以外の数値が極端に低すぎる。こればかりは個人の才能なので、どうしようもないが、歯がゆすぎる。
 ヘルプ機能、精霊の祝福の封印中は、なにか影響があるのか。


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 影響と申し上げていいのか、封印中のスキル・加護は、『鑑定』時に他者には見えません。
 封印は、先天性・後天性があり、エマ・グレンジャーの『精霊の祝福』が封印されたのは、後者です。
 母親が封印したようです。

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 俺にそれが見えるのは、転生特典でもらった特別な『鑑定眼』があるからだろう。
 母親が封印した経緯は、おそらくトラブルに巻き込ませないためだと予想がつく。
 しかし、エマ本人は精霊の祝福があることを知らない。知っていたなら、魔契約を望むだろう。
 なぜ母親が本人に教えなかったのか、疑問は残る。もしかしたら、エマの魔力値の低さに絶望したのかもしれない。今のエマの魔力値では、魔契約できる精霊がいないのだ。
 精霊との魔契約は、ランクが低い精霊でも魔力値が最低30はいる。
 精霊のランクが上がれば、必要な魔力値も当然上がる。
 ただし例外がある。『精霊の祝福』を与えた精霊はどのランクであろうと、魔力値が30で魔契約ができる。
 エマの場合、魔力値の初期値が2のため、レベルアップ毎に増える値は1~2である。最低でもLv15、最高でLv29で魔契約に望めるのだ。
 できれば精霊の祝福を与えた精霊と魔契約させてあげたいが、いつどこで精霊の祝福を受けたのか不明だ。


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『精霊村』で情報を確認することができます。

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 うん。ヘルプ機能、ごめん。
 まだ『精霊の森』には行かないよ。
 そもそも今のエマでは、魔契約できないしね。


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 くっ…。またしても機会ではなかった。

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