『誓約魔書』を破棄した直後、ふたりの体に異変がないか俺は念入りに確認した。
 叔父を信頼はしているが、それとこれとは話が別だ。命を代償とした誓約なのだ。
 俺の行動に「過保護だね」と苦笑いする叔父を横目に、これぐらいの心配は許してほしいと思った。

「ジークベルト様、ご心配していただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 異常がないことに、ほっと胸をなで下ろす俺にディアーナとエマが、頬を染め若干目を逸らしながら頭を下げる。
 ふたりの態度に、あぁー、無遠慮に触りすぎたと、反省するが後悔はない。
 女の子特有のいい匂いでやわらかかった。うん、うん。

「うん。なにもなくて本当によかった。改めてこれからよろしくね」

 俺はそれに気づかなかったふりをして、笑顔をふたりに向ける。

「「はい!」」

 ふたりの元気な返事に、時には開き直りも有効だと悟る。

「ヴィリー叔父さん、のちほど屋敷を訪問してもいいですか。伯母様にご挨拶したいので」
「ジークは、律儀だね。私は魔術団に顔を出しに行くので付き合えないが、姉様を頼んだよ」

 やはり元気がない叔父に、一緒に行きましょうとは誘えなかった。
 一日であれだけの愚痴がたまるぐらいストレスを感じているのだ。伯母からやっと解放された叔父に再び戻れとは言えない。
 俺は空気を読める子なのだ。
 庭で遊んでいたハクを呼び、ディアーナとエマを連れ立って、西の屋敷に足を運ぶ。
 アーベル家の敷地内での移動のため、護衛は必要ない。道中はたわいのない話で盛り上がっていた。

「ジークベルト様の伯母様はどのような方なのでしょうか」

 ディアーナの問いかけに、俺が知っている情報を伝える。

「我が国で初の女騎士だったけど、大恋愛をして伯爵夫人になったって話だよ。赤ん坊の頃に対面しているんだけど、ほぼ初対面だからね」
「大恋愛ですか、ぜひそのお話を伺いたいですわ」
「女の子は好きだよね」

 俺は言葉をつなげ、人並みの反応を示すディアーナを微笑ましく思う。

「そうですね。ジークベルト様は、恋愛小説はお読みになりませんか」
「そうだね、むか……魔法書や知識本、歴史書、あと戦記の小説などはよく読むよ」

 転生前の記憶と混同しそうになり、動揺して若干早口になってしまう。
 前世の妹に勧められ、数々の恋愛小説を読破した経験がある。本が好きだったので、ジャンルを問わず読んでいたのだ。

「ジークベルト様も姫様も本を読んでいて頭が痛くなりませんか。私は一ページ目でダメです」

 エマがおどけたように話に加わる。その様子から気づかれてはいないようだ。
 ほっと気づかれないように息を吐く。
 無意識のうちについ前世のことを口にしてしまう。
 前世の妹に勧められ数々の恋愛小説を読破した記憶がある。前世の俺も読書が好きだった。不運値のおかげで時間だけはたっぷりあったので、ジャンル問わず読破したせいで色んな分野の知識が中途半端にある。
 料理もそうだが無意識の内に口に出してしまう。
 気をつけないと、ただでさえ危ない体質なのだから。
 そうダンジョン踏破後、しばらくしてステータスを確認した際、それはあった──。


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 ジークベルト・フォン・アーベル 男 7歳
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:12
 HP:230/230
 MP:1310/1310
 魔力:1310
 攻撃:230
 防御:230
 敏捷:230
 運:420
 魔属性:全属性
 戦闘スキル:魔法剣Lv1・剣Lv1・短剣Lv1
 魔法スキル:火魔法Lv4・水魔法Lv2・風魔法Lv3・土魔法Lv2・光魔法Lv3・闇魔法Lv1・生活魔法Lv3・空間魔法Lv1・魔力制御Lv5
 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7・雷耐性Lv1・気品Lv3・直感Lv1・魔力察知Lv1・気配察知Lv1・危機感知Lv1・索敵Lv3
 技能スキル:隠蔽Lv-・作法Lv3
 上級スキル:鑑定眼Lv-・地図Lv-
 固有スキル:言語完全理解Lv-・成長促進Lv-
 加護:転生祝福
 称号:幸運者・苦労人
 魔契約:白虎
 スキルポイント:3950
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 称号欄に『苦労人』との表示があった。
 待て待て待て、いつ称号を取得したんだ。いつもの報告がなかったぞ。


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 ご主人様、申し訳ありません。
 取得時にご報告するべきでしたが、ダンジョン踏破に集中していただきたく、生死に関わる称号ではないはずですので、士気を下げるかと思い、ご報告いたしませんでした。

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 ヘルプ機能がいらぬ気遣いをしていた。
 しかも、生死に関わる称号ではないはず? そこはないと断言してよ!
 はぁーー。『苦労人』なんとなく答えはわかるが、調べてみる。


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 苦労人:あらゆる出来事になぜか巻き込まれ、その中心となる者に与えられる称号

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 うん。トラブル体質ってやつだね。
 幸運者の称号と、どちらの影響が高いのだろう。


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『苦労人』の巻き込まれ度合いは、予測不可能です。
『幸運者』で、ある程度の不幸は回避できますが、トラブルを事前に阻止することはできません。

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 まぁそうだろうね。『幸運者』のわりに俺は、数々のトラブルに巻き込まれてきたように思える。
 もともと、トラブル体質だったのだろう。それが蓄積され『苦労人』の称号を得たんだろう。
 あの事件、白虎、精霊、ダンジョン、反乱、ただ悪いことばかりではなく、ハクやディアーナたちに出会えたことには、心底感謝する。
 うーん、得たものはしょうがない。なんとかなるだろう。
 あきらめの早さとポジティブ思考は、前世の不運値のおかげでもある。
 さて切り替えて『苦労人』以外のスキルを確認しよう。
 今回ダンジョンで新たに取得したスキルは、魔法剣と剣、短剣、魔力察知と地図だ。
 レベルが上がったのは、風魔法・索敵だ。それぞれ1ずつ上がっている。
 そのほかは、日頃の訓練や狩りなどで取得していた。
 特に待望の戦闘スキルを所持できることはうれしかったし、ダンジョンボスとの戦いで、魔法剣・剣をダブルで取得できたのはラッキーだった。
 これで安全に魔物討伐できる範囲が広がる。ハクと一緒に『コアンの下級ダンジョン』へ魔物討伐に出向いてもいいだろう。
 ハクのレベル上げも考えないといけないしね。考えるだけでもワクワクしてきた。
 早く『身体強化』のスキルを取得したい。それにはまず体を強化する修練に耐えられる体力をつけなくてはならない。
 うん。新たな目標ができた。父上との八歳の誕生日までに剣スキルを取得するという課題の約束も守れたし、満足だよ。
 魔力察知は、地底湖内で取得できた。
 おそらくだが、ダンジョン内は魔力が充満しているため、そこで数週間、戦闘を繰り返し索敵などのスキルを乱発したことで、魔力に触れ合う機会が格段に上がったのが、魔力察知を取得できた理由だと思われる。
 気配察知と危機感知は『白の森』での狩りと、テオ兄さんたちとの魔物討伐の中で取得していたが、魔力察知だけは、取得できずにいたのだ。
 きっとダンジョン内の条件と経験があいまったのだろう。
 そもそもスキルを取得するには、相当な修練を積まないといけない。
 魔力察知の条件が俺の認識通りであれば、やはりダンジョン内でのレベルアップを今後視野にいれるべきだ。
 ハクも行きたがっていたし、コアンの下級ダンジョンの調査は一ヶ月ほどで終了する。
 広大なダンジョンのため冒険者に会う機会も少ない。
 しかも、俺は踏破済みであり、索敵と統合された地図スキルを所持している。
 うん。次の狩場は『コアンの下級ダンジョン』に決まりだ。
 そして最後は地図。取得時は技能スキルでの表示だったが、索敵と統合することで上級スキルでの表示となっている。
 これって、俺以外できるのかと疑問に思ったが、ヘルプ機能が答えてくれた。


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 可能です。地図と索敵のスキルレベルがLv-に到達した時点で統合が可能となります。
 地図、索敵スキルを同時使用し、一定の経験値を積み上げることで、統合されます。
 当時ご主人様の索敵はLv3で、地図スキルとの同時使用の経験もありませんでした。
 しかし、ご主人様がご希望されたため、スキルポイントを消費することで、統合を可能としました。
 私、がんばりました!

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 声色からヘルプ機能が褒めてほしいのが伝わる。
 たしかにあの統合には助けられました。ありがとうヘルプ機能。
 だけど、ご褒美に『精霊の森』は、ごめんなさい。まだ無理です。


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 残念です。
 しかし、私はあきらめません。
 もっと精進し、ご主人様の役に立ってみせます!

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 ヘルプ機能の決意表明が聞こえた。
 願いを叶えてあげたいのは山々だけど、俺の直感が『まだダメだ』と言っているんだ。
 だからごめんね。
 俺はひょんなことから『直感』のスキルを取得した。
 前世の料理を我が家の料理人に説明している時に、ヘルプ機能の機械的な声が聞こえた。


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 直感スキルを取得しました

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 その時は驚いて、手に持っていた食材を落としてしまった。
 三秒ルールで美味しく調理したが、突然の声は心臓に悪い。
 すぐにヘルプ機能に取得条件を確認した。


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 直感は直感が働いた時ですので。

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 じつに曖昧な回答が返ってきた。
 たしか──調理道具の代替え品を思いついた瞬間だった。
 だけどそれは、ひらめきであって、直感ではない。
 摩訶不思議な出来事である。
 このことから直感スキルを鍛えることはできそうにないと判断した。