今日はある団地の屋上に居る。
生ぬるい風が体を吹き抜けた。

オレはルポライターだ。

仕事は心霊関係が全般で、
この業界に四半世紀勤める大ベテランだ。

オレが入社して間もなく心霊ブームが到来した。

怨霊を取材した際の生々しい音声を収録した
レコードやソノシートが爆発的に売れ、
オレは一躍有名記者になった。

この業界でオレの名を知らない者はモグリだ。

以降も音声のみで映像ないビデオテープ、
A面B面で復刻収録した磁気テープ、
時代に合わせた8cmコンパクトディスクなど、
媒体を変えて売ったものの鳴かず飛ばずだった。

他には心霊を扱ったドキュメンタリー風キネマ、
悪霊に取り憑かれた主人公のトレンディドラマや、
陰陽師を主役にしたラジオバラエティも制作した。

さらに自伝本、心霊辞典、怨霊招来ハンドブック、
子供向け魍魎退治専門雑誌などを刊行した。

全部売れると思ったが――、
全部売れずに多額の負債で見事に会社が傾いた。
これも全て悪霊の仕業であろうことは明白だ。

今ではしがないルポライターだが、
今日の仕事の内容は心霊スポットの独自取材だ。

この仕事は絶対にヒットする。
俺は嗅覚は衰えを知らず、そう確信している。

なんせここは、いわく付きの場所だからだ。

バブル末期に建てられた4階建ての古い団地。

地方は過疎化が進み、高齢な住人が孤独死を迎え、
借金苦、わずかな年金生活、定年後の不安など、
自殺スポットとして今インターネットの掲示板で
騒がれるほどであるから間違いはあるまい。

話題性に富んだこの記事ならば、
どこも引く手数多であろう。

長年の経験からオレは確信している。

屋上にあがり暗い地面を見下ろす。
団地に着いたのは夕方だったが日も暮れて、
街灯乏しい周囲は真っ暗になった。

ここから死に引き込まれた者はさぞ多かろう。

4階建ての屋上は、現代の建築物からすれば低い。

しかしヒトはたかだが1mほどの高さであっても、
打ちどころが悪ければ死ぬ。

大人であれば転倒するだけでも致命的だ。

そうかと思えば清水の舞台から飛び降りても、
死なない確率もそこそこあるのだというが――。

この団地の周囲に夜間撮影用のカメラを設置し、
いつ事件が起きても良いように
オレは連日張っていた。

ヒトが来ない内に細い階段を降りる。

共有部のいくつかの蛍光灯が切れてバチバチと
不気味な音を立てている。

オレは胸ポケットに
いつも入れているテープレコーダを探した。

赤色のブロック状のボタンを押せば
即座に磁気テープが回り録音が出来る、
長年連れ添った仕事の相棒だ。
別れた女房よりも役に立つ。

しかしその機材を車に忘れたことを後悔して
地面に降りた時、ヒトの影が視界の端に見えた。

ヒトが、横たわっている。

夜に徘徊した老人が寝ている訳ではない。
ヒトが、不自然な姿で倒れている。

やっぱオレはツいている!

ライヴで見られなかったものの、
カメラにはきっと写っているだろう。

仰向けになったそのヒトに近寄り、
オレは恐る恐るその顔を覗いた。

――…は?

声が出た。いや、驚きのあまり出なかった。

これは何かのイタズラか?
粘着質なネットの掲示板の連中が
オレを騙したのだろうか。
それならなんて悪趣味なイタズラだ。

なんせオレが横たわってるんだからな。

オレの形をしたヒトは頭から血を流し、
虚ろな目で虚空を見上げている。

ディテールに凝ったリアルな模型だ。

いや、まさか…。

オレはマジマジとその顔を見つめ、
ひざまずいてその顔を近づけた。

同業者が妬み嫉みでやってのことか、
手の凝ったイタズラでも警察に突き出してやる。

それともこの心霊スポットがオレに見せる悪夢か?
それならこの記事は大ヒット間違い無しだ。

オレは確信してしまった。

倒れている俺の胸ポケットに、
失くしたはずのテープレコーダーが入っている。

赤色のボタンがバチリと音を立て、
録音は途切れた。