2学期の中間テストを終えた学内は、
オレンジ色のカボチャの絵に
黒色の目鼻口が象徴となる
ハロウィンの飾り付けがされている。

ケルト人発祥のこのお祭り行事はキリスト教とも
日本とも関係なく、本来の意味合いさえ失い
イベント業界やお菓子メーカーが張り切り、
お祭りを楽しむ人の為のお祭りと言える。

テスト後の良いガス抜きであり、
生徒会側の要請で学校行事として容認された。

『トリック・オア・トリート』
いたずらか、お菓子か。
という決り文句ならぬ脅し文句もあるので、
生徒からの報復を恐れてのことかもしれない。

講堂を借りて歌や演劇に興じるも良し、
教室を使いお菓子作りに励むも良し、
裁縫をして仮装を楽しむも良し、
女子高ならではの柔軟な発想で
自由を満喫する日となる。

許可した生徒会はイベントを仕切ることはなく、
希望グループの自主性に委ねる部分が大きい。

もしも逸脱した行為が発覚した場合も、
風紀委員が嫌われ役を買ってくれる。

「どこも楽しそうですね。」

「生徒会の出番が無いのが一番よ。」

生徒会長の異本(いのもと)イオンは大きくアクビして、
生徒会室の冷たい机に突伏した。

長く伸びた明るい髪が机に広がり、
青い瞳を閉じて午睡(ごすい)にふける。

一方の厚いメガネに黒髪の丸い頭をした
書記の愛蛇(あいだ)果奈(かな)は、机に置かれた紙粘土で作られた
ジャック・オー・ランタンの人形を指でつつく。

公認行事の中でも比較的に地味なイベントの為、
この日ばかりは生徒会も仕事が無い。

トラブル発生時に対応できるように、
生徒会室に待機しているだけであった。

「どこか見て回らないんですか?」

「楽しんでるとこに
 生徒会長がしゃしゃり出て、
 水を差すのも悪いじゃない。
 カナだってどこか誘われてるなら
 行ってきてもいいんだよ?
 アタシはここでお留守番するから。」

「あぁ、そういえば
 イオンちゃんオバケ苦手ですもんね。」

「苦手じゃあないわよ。
 そもそもなんなのかしらね、それ。」

夢に出てきそうなジャック・オー・ランタンが、
そこら中に居てイオンは落ち着かない。

「ジャック・オー・ランタンは、
 堕落した人間だったそうです。」

「そうなの?」

「イオンちゃんそっくりだったかも。」

「なんでそんなひどい事言うの…。
 堕落具合ならカナだって
 負けてないんじゃない。」

「むぅ。」

自分の体型を指摘されて
カナは頬を膨らませた。

「カブをくり抜いた提灯を持って、
 死後も現世でさまよう存在だそうです。」

「聖人とかじゃないんだねぇ。
 アタシみたいに。」

「…。
 旅人を道案内する良いオバケだとか。
 実は単なる鬼火という説があります。」

「えぇ鬼火ぃ?」

「球電や、他人の提灯の見間違いでしょうか。
 雨天の日によく見かけられるそうです。」

「そんなものだったの。
 じゃあお菓子とか一切関係ないんだ。」

「西洋モンスターでなくて残念でしたね。」

「別にそんなの期待してないわよ。
 単なる現象が奉られることなんてあるのね。」

「時代背景に依るんじゃないでしょうか。
 キツネの嫁入りなんてのもありますし。」

「あぁ、晴れてる時に降る雨の。
 あれもお祭り扱いなの?」

「ハレとケに掛けてるんでしょうね。」

ハレとケは民俗学的な概念で、ハレは晴れ。
すなわち晴れ舞台や晴れ日とされる節目を表し、
ケは普段の生活である日常を意味する。
さらにそこにケガレが付加されることもある。

ケは肌衣、普段着を意味する『褻』の漢字が
用いられるが、現代では『わいせつ』など
ケガレの場面で日常的に目にする。

「キツネに化かされたーってことかしら。」

「元は鬼火の行列のことを
 キツネの婚と呼んで居たのが、
 今では天気雨に変化しました。」

「キツネだけにコンなの?」

「あ、それわたしも思いましたが、
 まったく関係ないみたいですね。
 キツやケツと表現していた鳴き声が、
 キツネの名前の由来だそうです。」

「じゃあタヌキはタヌ?」

「ポコでは?」

「ふふっ。それは腹太鼓じゃない。」

「誰がデブですか。」

「言ってない! 言ってないわよ、まだ。」

現実カナは最近太ったことを気にして、
イオンとともにプールに通うようになった。

「そういえば、カナ。
 ハロウィンなのに今日はお菓子食べないの?」

「自粛です。作ってはしまいましたけど。」

そう言ってカナは机にお菓子を取り出した。

それはジャック・オー・ランタンを模した
オレンジ色の練り切りで作られた生菓子だった。

「なにこれ、すごっ。カナが作ったの?」

「和菓子に挑戦してみたくなって。
 イオンちゃん、白あん平気だよね。」

「カナの作ったのなら何でも食べられるわよ。
 西洋のお祭りの日なのに和菓子って。
 カナってば天の邪鬼ね。」

東洋の子鬼にならい、ひねくれ者と揶揄する。

「細工が難しくて試食し過ぎました。」

「プールダイエットが水の泡だわ。」

「なので今日はイオンちゃんへの
 イタズラに全力を尽くすことにします。
 トリック・オア・トリックです。」

「何その、無い選択肢。」

お菓子を頬張り幸せそうに舌鼓を打つイオンに、
カナはメガネを光らせた。

「カチカチ山のタヌキ汁について話ますね。」

「それゼッタイ怖い話でしょ! やめてよ!」

「わたしはタヌキで天の邪鬼なので。」

イオンは手元のお菓子をカナの口に突っ込み
買収することで、事態とお腹に丸く収まった。

ダイエットはまだまだ続きそうだった。