やっべー。ジコ、事故、事故った。
やっちまったー。夢であってくれー!
もしかしてアタシの人生これで終わり?
ヒトゴロシで刑務所行きじゃん。
これメシマズフルコースなんですけど。
いや待って。
まだ確認してないからセーフじゃない?
シュレーディンガーとかなんとかいうやつ。
てーかさ、なんで飛び出してくんの?
スマホ見て歩いてんじゃねーし。
死にたいの? 死ぬよ?
待って、死なないで。
ゆっても死体なんて
確認したくないんですけど。
ぜってーグロじゃん。グロ!
シカだってイヤだったのに、
人間とかマジムリ…。
いや、シカだったのかも?
いや、ホント、マジ最悪…。
先月納車したばっかなのに。
ローンどーしよ。あ、保険は?
電柱にもぶつかってめっちゃ凹んでるし。
凹みたいのアタシの方だわ。もーベコベコ。
アタシ現実逃避し過ぎじゃね?
ヤバい。そんぐらいヤバい。
宇宙いちヤバいってゆってもいーわ…。
ケーサツに電話しないといけないんだよね。
あれ? 救急車のが先? てかここどこ?
チョーシ乗ってドライブなんてすんじゃなかった。
場所なんて説明すればいいの?
GDP? 位置情報とかってやつ出せばいいの?
こういう時にくわしーヒトいねーのがマジ困る。
彼氏に電話したらやって全部できっかな?
あっ…ダメだわアイツ。
10万貸しててまだ返してねーし。
アタシ捕まったら喜んで
そのままネコババするやつじゃん。
くっそー、金返さないからって
ずるずる付き合うんじゃなかった。
ぜってー別れてやる。金戻ったら覚えとけよ。
「大丈夫ですか?」
わっ。誰?
めっちゃイケメン。
さっきのシカ? じゃねーし、ヒト?
これアタシひいてなかったってこと?
やるじゃんアタシ。
あっ、違ったわ。救急隊員?
来るのめっちゃ早いじゃん。
まだ連絡してないのに。
アタシなんで寝てるの?
もしもし、生きてる?
あれ? これってもしかして夢?
コチョーとか? 哲学じゃん。
いや、待って。まって。
そんなの無しでしょ。
これアタシどーなっちゃうの?
いや、夢でもなんでもいーから10万返せ!
この家には座敷わらしが居る。
いつの間にやら住み着いたのだ。
わたしはこのことを誰かに話しても、
誰にも信じては貰えなかった。
わたしの居た家は商家で、
当時は世界中で恐慌の真っ只中だった。
例に漏れずわたしの居た家も、
経営難で既に傾きかけていた。
先代が急死して結婚間もない夫婦が、
二人三脚で家業を盛り返そうと
試行錯誤を繰り返していた。
経営の悪化した日々の中、
太鼓腹の耳たぶの大きな男が店に現れた。
新しい物好きな風変わりな男だった。
ただ男は買い物をしたに過ぎなかったが、
その日からわたしはひどく体調を崩した。
私が臥せってしばらくすると、
この家に座敷わらしが現れたのだ。
座敷わらしの出現に商家の夫婦は大層喜んだ。
このわらしは両親から
家の宝として大切に扱われることとなる。
わらしに専用の部屋を設け、
家具を揃え、おもちゃを買い与えた。
この家で嫌われ者のわたしとは正反対の対応だ。
座敷わらしの評判に客足は伸び、
店の経営はみるみるうちに回復したが、
わたしはいたたまれなくなり家を離れた。
世の中が好景気にわき始めた空気に馴染めず、
わたしはあちこちを転々と移り住むことになった。
それから何年か経ったか、
わたしはいつの間にか商家に再び戻ってきた。
あのわらしは大人になって結婚式を挙げた。
幸せそうな顔をしたわらしは、
座敷わらしでは無くなっていた。
それから式にはあの耳たぶの福の神も来ていた。
この神と相性の悪い貧乏神のわたしには、
あの商家にもう居場所はなかった。
座長は経営に頭を悩ませていた。
江戸時代のいつ頃かは分からないが、
諸国を巡って見世物小屋を代々開いている。
見世物小屋は親の親、またその親と
何代にも渡り続けており、家族の仕事が
幼い頃から普通のことであると思っていた。
最初におかしいと思ったのは、
少年時代に石を投げつけられた時だった。
子どものイタズラが原因で片目が見えなくなった。
幼かった当時の座長は心にも深い傷を負った。
今では眼帯の似合う色男になって、
座長としてその座を占めている。
しかし見世物小屋の主役は座長ではない。
大勢の人が収容できる天幕を張り、
中に客席を並べて、町には大量のビラを配る。
生まれついての大声でヒトを呼び、
足を止めさせ、期待を抱かせる。
客に金を払わせればもはや座長は用済みだ。
そこからは主役たちの仕事だ。
ガイコツ姿に艶めく島田髷を結い
目を見張る紅色の着物姿をした骨女。
長い首に美しいうなじを見せる女ろくろ首。
額に白い三角の布を付けた白装束の女幽霊。
日本の若い女子高生の格好で、
首の後ろから物を食べるフタクチ。
恐怖を煽る彼女たちの後で、
茶釜姿で綱渡りをするタヌキの分福茶釜が
客席に笑いを誘う。
日本のオバケや妖怪を全面に押し出し、
各々見事なパフォーマンスを見せてくれる。
主役たちは客を怖がらせ、
客は役者たちをみて怖がる。
天幕の中は役者も客も一体となる。
いつもその瞬間を、座長は最大の喜びとしていた。
女妖怪らの職場とも言われることも多いが、
河童や落武者などの定番も在籍し道化を演じる。
河童も落武者も芸風が被り互いに仲は悪いが、
同じ頭の者同士の同族嫌悪に過ぎない。
世界を転々とし、彼らとは家族同然の仲だ。
それに多少の諍いは日常茶飯事だった。
初代の一座は日本からポルトガルへ渡り、
欧州を巡り、北米から南米、オセアニア、
南西アジアを経由して地球を一周した。
親子5代で世界中で知られる
オバケ・妖怪の見世物小屋となった。
幼き頃に過ごした懐かしの欧州に着いたが、
歓迎の気配はなく、見世物小屋に対する
風向きが大きく変わった。
座長の見世物小屋は非難を浴びた。
『文化の盗用である!』
もちろん座長には何かを盗んだ心当たりはない。
アジアの東端からやってきた見世物小屋が、
金髪碧眼が仕切っていることを批判したのだ。
当然座長は釈明し理解を求めたが、
誤解は解けることはなかった。
非難は止むことはなく、今度は
オバケや妖怪に対する搾取であると責められた。
決して奴隷として扱っているわけではない。
座長は小屋の運営費用以外は、
従業員への給与に支払いっていた。
オバケや妖怪であろうと、日本を離れて
路頭に迷わせるわけにはいかない。
非難するヒトたちは、仕事を奪った
オバケや妖怪たちを養うこともない。
家族ではないのだから当然だ。
奴隷を解放するという正義があるのだ。
ヒトは自分たちに都合の良い嘘を信じ、
正義に事実は必要なかった。
理解できない行動は、
座長にとってはバケモノであった。
ビラを配ろうと大声で呼びかけようとも、
集まったヒトから日中は石が投げられる。
座員を退避させながら、
座長は過去を思い出して
恐怖に失った片目が痛んだ。
ヒトの暴走は止むことはなく、
夜中には暴徒によって天幕に火が付けられた。
天幕を見る座長の青い目が、
燃え上がる炎で赤く染まった。
そこは古くから祟り山と呼ばれ、
村外のヒトの入山を禁じている。
入った者はキツネに取り憑かれ、
死に至るとまで言い伝えられていた。
現に今、私の目の前で
ひとりの若者がキツネに憑かれているからだ。
村が管理しているこの山は、
一帯を鉄柵で囲い有刺鉄線と
電柵までもが設けられ、
ヒトならず動物までも侵入を許さない。
昔から半年に一度、村の古参らが集まり
枝打ちや間伐などの山の手入れを行い、
山頂までの参道を整備し、境内の清掃を
朝までかけて行うと教えられてきた。
清掃が終わる朝までは絶対に
山の柵が開放されることはなく、
誰ひとりとして外との連絡は取れない。
大学での仕事を辞めた私は故郷の村に帰り、
この行事に参加させられることになった。
私はまだ40半ばだというのに古参扱いだ。
少子高齢化の波はこの村にも来ている。
清掃の概要は知っていたし、
キツネに取り憑かれるという話も
知っていたが信じていなかった。
清掃の日に山の入り口の鉄柵で見たのは、
無断で山に侵入しキツネに憑かれた若者だった。
若者はキツネに取り憑かれていた。
視点が定まらず、笑い続けている。
これが山の祟りなのかと驚愕する私の横で、
古参たちは呆れた様子で苦笑を浮かべている。
外との連絡は禁じられている為に
この若者の手足をロープで縛り、
担いで参道を登り、祭壇近くの神木に括る。
2体の狛狐に迎えられ、
竹箒で軽く境内の落ち葉を掃く。
清掃はたったこれだけで終了した。
それから持ってきた
2匹の子ウサギを山の中に放つ。
雄と雌のウサギはキツネ様の為に、
供物として用意するものだという。
拝殿どころか本殿もない
神社のような古い建物に入ると、
なぜだか鍋の用意をさせられる。
他の者たちはナイフやナタを持ち、
カゴを背負って山の中に入っていった。
おとぎ話のように柴刈りにでも出たのだろうか。
新顔であり村に出戻りで手持ち無沙汰な私は、
キツネ憑きの若者の様子を見るしかなかった。
木に縛られたまま器用に眠っている。
若者は本当にキツネに憑かれたのだろうか。
清掃の説明を受けないまま時間は過ぎ、
夕方になると山に入った全員が建物に集まった。
狩ってきた大きなウサギをバラし、
採ってきた山菜やキノコを鍋に入れた。
古参らはキノコには詳しいらしく、
エノキタケやシメジやナメコなどの
形や量を褒めて喜ぶ。
私はキノコを見せられて勉強させられた。
半年後にはキノコ採りに駆り出されるのだろう。
幼い頃にやったボーイスカウト活動を
思い出して懐かしんだ。
初めて食べるウサギ肉には、
独特の臭みがあったが
鶏肉のようで美味かった。
皆一様に酒を飲み、鍋に舌鼓をうつ。
すると誰かが笑い始めたので、
私も釣られて笑ってしまった。
村に戻ってひさびさに大声で笑った。
酒のせいか、とても愉快だった。
すると古参の誰かが私を指さして
キツネ憑きだ、と言ったので私はさらに笑った。
笑いが止まらなくなり、苦しくなって
もったいないことに胃の内容物を全て吐いた。
私はこれで笑いが収まり酒は自粛し、
水を飲んで胃を洗って部屋の隅で安静にした。
それでも皆なぜか笑っている。
気付けばそれは異様な光景だ。
そう、これが異様な光景だった。
今までキツネ憑きだと言って、
山にヒトを寄せ付けなかったのは
この騒ぎの為だったのだ。
思い出したのはボーイスカウト活動ではない。
私は以前、大学で似た物を食べたことがあった。
あるキノコに含まれる幻覚成分のシロシビンが、
この清掃に参加した村の者たちを
キツネに取り憑かせたのだ。
私は水を飲んで一息ついて
またその異様な光景を眺めている。
まさかマジックマッシュルームパーティーとは。
2学期の中間テストを終えた学内は、
オレンジ色のカボチャの絵に
黒色の目鼻口が象徴となる
ハロウィンの飾り付けがされている。
ケルト人発祥のこのお祭り行事はキリスト教とも
日本とも関係なく、本来の意味合いさえ失い
イベント業界やお菓子メーカーが張り切り、
お祭りを楽しむ人の為のお祭りと言える。
テスト後の良いガス抜きであり、
生徒会側の要請で学校行事として容認された。
『トリック・オア・トリート』
いたずらか、お菓子か。
という決り文句ならぬ脅し文句もあるので、
生徒からの報復を恐れてのことかもしれない。
講堂を借りて歌や演劇に興じるも良し、
教室を使いお菓子作りに励むも良し、
裁縫をして仮装を楽しむも良し、
女子高ならではの柔軟な発想で
自由を満喫する日となる。
許可した生徒会はイベントを仕切ることはなく、
希望グループの自主性に委ねる部分が大きい。
もしも逸脱した行為が発覚した場合も、
風紀委員が嫌われ役を買ってくれる。
「どこも楽しそうですね。」
「生徒会の出番が無いのが一番よ。」
生徒会長の異本イオンは大きくアクビして、
生徒会室の冷たい机に突伏した。
長く伸びた明るい髪が机に広がり、
青い瞳を閉じて午睡にふける。
一方の厚いメガネに黒髪の丸い頭をした
書記の愛蛇果奈は、机に置かれた紙粘土で作られた
ジャック・オー・ランタンの人形を指でつつく。
公認行事の中でも比較的に地味なイベントの為、
この日ばかりは生徒会も仕事が無い。
トラブル発生時に対応できるように、
生徒会室に待機しているだけであった。
「どこか見て回らないんですか?」
「楽しんでるとこに
生徒会長がしゃしゃり出て、
水を差すのも悪いじゃない。
カナだってどこか誘われてるなら
行ってきてもいいんだよ?
アタシはここでお留守番するから。」
「あぁ、そういえば
イオンちゃんオバケ苦手ですもんね。」
「苦手じゃあないわよ。
そもそもなんなのかしらね、それ。」
夢に出てきそうなジャック・オー・ランタンが、
そこら中に居てイオンは落ち着かない。
「ジャック・オー・ランタンは、
堕落した人間だったそうです。」
「そうなの?」
「イオンちゃんそっくりだったかも。」
「なんでそんなひどい事言うの…。
堕落具合ならカナだって
負けてないんじゃない。」
「むぅ。」
自分の体型を指摘されて
カナは頬を膨らませた。
「カブをくり抜いた提灯を持って、
死後も現世でさまよう存在だそうです。」
「聖人とかじゃないんだねぇ。
アタシみたいに。」
「…。
旅人を道案内する良いオバケだとか。
実は単なる鬼火という説があります。」
「えぇ鬼火ぃ?」
「球電や、他人の提灯の見間違いでしょうか。
雨天の日によく見かけられるそうです。」
「そんなものだったの。
じゃあお菓子とか一切関係ないんだ。」
「西洋モンスターでなくて残念でしたね。」
「別にそんなの期待してないわよ。
単なる現象が奉られることなんてあるのね。」
「時代背景に依るんじゃないでしょうか。
キツネの嫁入りなんてのもありますし。」
「あぁ、晴れてる時に降る雨の。
あれもお祭り扱いなの?」
「ハレとケに掛けてるんでしょうね。」
ハレとケは民俗学的な概念で、ハレは晴れ。
すなわち晴れ舞台や晴れ日とされる節目を表し、
ケは普段の生活である日常を意味する。
さらにそこにケガレが付加されることもある。
ケは肌衣、普段着を意味する『褻』の漢字が
用いられるが、現代では『わいせつ』など
ケガレの場面で日常的に目にする。
「キツネに化かされたーってことかしら。」
「元は鬼火の行列のことを
キツネの婚と呼んで居たのが、
今では天気雨に変化しました。」
「キツネだけにコンなの?」
「あ、それわたしも思いましたが、
まったく関係ないみたいですね。
キツやケツと表現していた鳴き声が、
キツネの名前の由来だそうです。」
「じゃあタヌキはタヌ?」
「ポコでは?」
「ふふっ。それは腹太鼓じゃない。」
「誰がデブですか。」
「言ってない! 言ってないわよ、まだ。」
現実カナは最近太ったことを気にして、
イオンとともにプールに通うようになった。
「そういえば、カナ。
ハロウィンなのに今日はお菓子食べないの?」
「自粛です。作ってはしまいましたけど。」
そう言ってカナは机にお菓子を取り出した。
それはジャック・オー・ランタンを模した
オレンジ色の練り切りで作られた生菓子だった。
「なにこれ、すごっ。カナが作ったの?」
「和菓子に挑戦してみたくなって。
イオンちゃん、白あん平気だよね。」
「カナの作ったのなら何でも食べられるわよ。
西洋のお祭りの日なのに和菓子って。
カナってば天の邪鬼ね。」
東洋の子鬼にならい、ひねくれ者と揶揄する。
「細工が難しくて試食し過ぎました。」
「プールダイエットが水の泡だわ。」
「なので今日はイオンちゃんへの
イタズラに全力を尽くすことにします。
トリック・オア・トリックです。」
「何その、無い選択肢。」
お菓子を頬張り幸せそうに舌鼓を打つイオンに、
カナはメガネを光らせた。
「カチカチ山のタヌキ汁について話ますね。」
「それゼッタイ怖い話でしょ! やめてよ!」
「わたしはタヌキで天の邪鬼なので。」
イオンは手元のお菓子をカナの口に突っ込み
買収することで、事態とお腹に丸く収まった。
ダイエットはまだまだ続きそうだった。