明るい髪を後頭部で捻った
青い瞳をした異本(いのもと)イオンは、
生徒会室の会長席で
右往左往して挙動不審となっていた。

「どうしたんですか?」

黒髪の丸い頭に、厚いメガネをした愛蛇(あいだ)果奈(かな)
彼女の様子を気にして声を掛けた。

「ねぇ、カナ。アタシのボールペン知らない?」

「イオンちゃんの胸ポケットに入れてるのが
 まさにそれでは?」

「え? あっ! …った?」

生徒会室入り口のハンガーラックに掛けていた、
自らのブレザーの胸ポケットに挿した
ボールペンを見つけて驚いた。

こんな場所に挿した心当たりが無いので、
イオンは首を捻ってボールペンを取る。

「なんでこんなところに。
 これアタシの? なんか…。」

透明なボールペンをまじまじと見ると、
インク芯の量が増えてる気がしてならない。

換え芯を用意していたので
もっとインクは少なかった気がするが、
ボールペンの紛失といい自分の失態を
さらけ出すのをはばかって口をつぐんだ。

「妖怪の仕業ですね。妖怪ペン隠し。」

「何の妖怪なの、それ。」

「他にもスマホ隠し、リモコン隠し、
 イヤホン片方隠し、妖怪何もしてないのに
 パソコンの調子がおかしくなった、
 などがあります。」

「最後のは妖怪がしたのか
 してないのかわかんないわね。
 現代的過ぎる名前ばかりじゃないの。」

「絶滅に瀕する妖怪の復権に一役買うべく、
 あらゆる現象を妖怪の仕業にすれば良いと
 ウチの先生がおっしゃっていましたので。」

「それどこのダメ教師なの。」

反面教師の御高説にイオンは席に着いて、
再び作業を進めることにした。

会長であるイオンは学内で
ハロウィンのイベントが近いので、
出展要望書の最終確認をしている。

書記のカナは会長の仕事が終わるまでの
付き添いで、手持ち無沙汰にしていた。

「そもそも灯台下暗しって
 便利なことわざがあるじゃない。」

「責任の擦り付け先があれば
 便利なことこの上ないですからね。
 スマホに依存したせいで作業が進まない。
 テレビを見たせい、音楽に(ふけ)ったせい、
 古いパソコンを新しくしたい。」

「最後の妖怪じゃなくて願望が混じってる。」

「風呂場の垢を舐めて食べるアカナメや、
 イエス・ノー枕をひっくり返す枕返し、
 妖怪サドル盗みとか、妖怪上履き泥棒とか。」

「枕返しについて何も言うことはないけど、
 後ろふたつは犯罪者ね。」

「すねこすりという、
 ヒトを転ばす妖怪も居ます。」

「へぇ、そんなの居るんだ。」

「夜間になると現れるイヌの形をした妖怪で、
 タヌキの仕業という説もあるそうですが、
 これならば同じく転ばせる特技の
 まぐそも妖怪になりうるのではと思うのです。」

「は? なに? まぐそ?」

「はい。馬ふんです。」

「ちょっとカナが何言ってるのかわかんない。」

「サルカニ合戦ってご存知ですよね。」

「サルに対するカニの弔い合戦よね?」

――カニの持っているおにぎりを
柿の種と交換して腹を満たしたサルですが、
カニの物となった柿の実が成ると
サルは欲張って柿の木をひとり占めした。

サルが投げて寄越した青い未熟な柿で
カニは怪我を負い死んでしまう。

遺されたカニの子どもたちの為に
正義感に燃える第三者が徒党を組み、
栗は焼身体当たり、蜂は針で刺し、
馬糞は転倒させ、臼で潰す過激な暴力の末、
害獣のサルを殺害する痛快復讐劇です。

「痛快?」

カナの昔話の説明に、イオンは首を捻る。
栗の焼身体当たりというところにも疑問が残った。
現代社会の視点が気がかりである。

「生徒会長の座を得たイオンちゃんは
 さながらサルと呼んで差し支えありません。」

「なんでそんなひどいこと言うの…。」

「錬金術で有名な人造人間、ホムンクルスの
 材料のひとつもまぐそとされています。
 馬糞は生命の苗床やもしれません。」

「こじつけっ!」

「人生どんなことがあるか分かりません。
 イヌも歩けば棒に当たると
 ことわざにもあります。」

「サルも木から落ちるでいいじゃない。」

「そういう説もありますね。
 調子に乗っていたサルも本来ならば
 捕食対象のカニ風情に足元をすくわれ、
 悲惨な末路を辿りました。
 そんな時こそ妖怪まぐそのせいにすれば
 心穏やかになるはずです。イオンちゃん。」

「もうっ、アタシをサル扱いしないで。」

サルが馬糞によって滑らされるよりも、
バナナの皮で自らの失態で滑った方が
よほどサルの尊厳は保てるのでは、と
イオンは自分の立場で考えたのだった。

作業を終えて帰りの支度に
イオンはブレザーを羽織った。

「悪いね、カナ。
 一緒に帰ろうって言ったのに
 長いこと待たせちゃって。」

「そんなことありませんよ。
 イオンちゃんを上手いこと騙せて
 楽しかったです。」

カナが手持ちのボールペンを、
イオンの上着の胸ポケットに挿した。

ペンケースにしまったはずのボールペンだが、
手にしたのはインク量が枯渇寸前の物だった。

「これアタシんだ!」

イオンと同じボールペンをカナが隠し持って、
本人に気づかれぬ内にすり替えたのだ。

目の前に立って口角を上げる『妖怪ペン隠し』
もとい馬糞の存在に、昔話のサルのように
イオンはまんまと尻もちをつかされた。

自分の間抜けさをこらえて力強く目を閉じた。