足音がする。
破裂音がする。
女の笑い声がする。
まぶたを閉じているのに、
目の覚める閃光を時折感じる。
地震も無いのに本棚の物が落ちる。
テレビが点いてチャンネルが変わる。
それから蛇口が開いている。
鈍感な男が借りた部屋は事故物件であった。
事故や事件、または孤独死などによって
定義されて称されるが、明確な基準は無い。
中には、科学的な根拠の無いものまで
この世の中には多く存在している。
ポルターガイスト現象と呼ばれるものである。
そんなメリットと言えば家賃が少し下がる程度だ。
男は鈍感を貫いたが、
近所迷惑になるのを避けて
いくつかの対策を講じた。
まずは床に防音マットを敷いた。
厚さがあるので机の脚部がマットに沈み
椅子などのキャスターの動きが鈍るが、
エクササイズ用にも使えた。
それを機に運動を始めると冷え性を解消でき、
フローリングの冷たさも気にならなくなった。
本棚の物が床に落ちても、マットがあれば
衝撃は吸収されて壊れることもなくなった。
それからヘッドホンを買った。
ノイズキャンセル機能の付いたものだ。
マンションは繁華街に近く、周囲に夜の店も多い。
小さなライブハウスもご近所にある。
昼でも深夜でもお構いなしに若者たちが集まると、
花火を始めるなどで非常識に騒ぎ出しては
警察や救急車が来ることは少なくなかった。
雑音が減れば自宅作業にも集中でき、
夜もアイマスクを付けることで安眠出来た。
それからテレビを捨てた。
男はテレビ番組の時間に合わせて
生活することはなかったし、
テレビを点けたままの作業もしなかった。
録画は大半が映画の放送ばかりだったので、
配信主流となった今では無用の長物だった。
ついでに無駄な受信料を払わなくて済む。
蛇口の締め忘れは元々多かったのは
男自身のせいであったが、
一連の対策ついでに気にするようになった。
――ねえあなた、本当は
私のこと見えてるんでしょ?
いつもの笑い声のあとで、
女が男に声を掛けてきた。
不法侵入ではない。
この女は男が部屋を契約する前から存在している。
女はいつも家の中をふわふわとうろつき、
無神経にも足音をどかどかと鳴らして歩き、
本棚の本を読んでは物を落として片付けず、
テレビを勝手に点けて自堕落に過ごした。
それがテレビを捨てたことで抗議に来たのだ。
だが男は目を合わせたまま返事をしない。
構って欲しがっている相手の
都合に合わせてしまっては思うつぼだ。
下手に反応して女の要求を飲めば、男は
テレビを買い直すだけで済むはずもなく、
要求がエスカレートするのは必然である。
鈍感を貫いた男は、
ずぼらな女と事故物件での同棲が続いた。
山奥の小さな村里に
朗報が舞いこんだのは秋頃であった。
農作物の収穫を終えて冷害にあった
今年の不作を嘆いていたところ、
山のような腹の巨漢が村にやってきた。
目の周りには濃いクマがあり
タヌキの焼き物を思わせる風貌で、
親しみやすくよく腹太鼓を叩き、
大いに笑う気っ風の良い男だった。
男は土地の下見に来たと言い、
小さな村を一週間掛けて滞在しては、
地元の者が見向きもしない特産品である
動物の毛を使った筆に目をつけると、
真新しい紙幣で大量に買い込んだ。
丸い頭の小さな背丈の村長は
この来訪者に喜んで接待し、
こんな山奥に来た理由を尋ねた。
話し方も実に大げさな男であった。
「こーんなに素晴らしい物は初めて見ますて。
これらはやがて高い価値を持ちますよ。
なんせこの村には近い内に家を求めて、
土地を買うヒトが増えるでしょうからね。
なんせ時代が、働き方が変わったんですよ。
ここは都市部から近くて自然が豊かで、
都市部の人たちが憧れるほど空気が綺麗だ。
都会と隔離されたこの土地だでな、
単身者であっても魅力的な場所と言えますな。」
村は山陰の地ではあった為に、
土地は余らせており、若い働き手は
近くの都市部に移住するのが常であった。
山の近くには高速道路が走っているものの、
近くは耕作に不向きな不毛な土地で
水や空気は悪くなる一方であって、
村の者たちは山の穢れと忌避していた。
そんな場所でも都市部の淀んだ空気に比べれば
都会のヒトには幾分かマシなのかもしれない。
男が出ていって間もなく
土地に移住を求める者たちが、連日
何人か現れたので村長もそれを確信した。
それからしばらくしてふたたび顔を見せた巨漢が、
またしても土地の下見に来たのだが
以前に比べてどうやら様子がおかしい。
「私も古い人間ですんで
こーんと忘れとりましたがね。
今はブロードバンドが当然の時代でしてな。
この村の通信設備が心もとないというので、
移住を考え直してとるそうなのです。」
男の言う通り確かに移住を求める者たちは、
皆一様にスマートフォンなる画面を見ては
腕を上げたり振ったりしては電波を求めた。
「私の友人が通信大手のインフラ企業に
関係するところに勤めてましてね。
ここらの土地にアンテナを立てる
調査をしようって話が進んどるんです。
心苦しいとこですが村長さんには
その費用の一部を負担していただきたく
思っとるんです。もちろん私も出資しますよ。
なんせここは宝の山ですからな。
移住者が増えれば将来設備があって
困ることはありますまいて。」
そう申し出た男に対して村長は
建前では相手の気持ちを喜んで汲み取り、
本音は利益を村で独占しようと腹黒い事を考え、
調査費用の一部だけを負担した。
男が出ていったあとに通信業者と挨拶し、
ほどなく調査の日程が決まると費用を支払い
順調に進むと思った。
しかし調査の日になっても一向に誰も現れない。
先方に連絡したものの連絡が付かない。
そこでようやく気がついた。
あのタヌキ面の男に騙されて、
村長はやすやすと金を出してしまったのだ。
村長は怒りのあまりに我を忘れて顔を赤くした。
すると全身にボッと毛が生え
茶色と黒色の毛に覆われて、頭には
葉っぱを乗せたタヌキの姿になった。
タヌキの村にやってきた
親しみあるタヌキ面の巨漢にまんまと騙され、
元から有りもしない利益に飛びついて
大金を失ったところに、今度は
村の住民から大変な報告を受けた。
男や移住希望者が支払った紙幣が、
全部葉っぱになったというのだ。
――してやられた。
紙幣を葉っぱにして騙すやり口は、
古くから決まっている。
あの巨漢はキツネが化けた姿であった。
かつて甲斐の国(山梨)に、
連続殺人事件が発生した。
現場はいずれも寺であり、
被害者はその寺の住職であった。
死因は撲殺。
事件の夜には、巨体の僧侶が
その寺を訪れたという証言があった。
住職は遠くから来た僧侶を
精進料理で以てもてなした。
すると僧侶は厳つい顔に似合わず機嫌を良くし、
住職にある土産を渡した。
住職もその土産に目の色を変えて喜んだという。
それから僧侶が住職に尋ねた。
「この寺で一番欲深きは何か。」
住職は黙り、答えられなかった。
持参した土産に夢中となり
答えられなかった住職に、
鬼の形相で怒り僧侶は彼を殴り殺した。
その住職を撲殺した僧侶は
本堂に保管している千の手を持つ菩薩像、
千手観音菩薩を破壊して寺をまわっていた。
翌日も別の寺にその僧侶は住職の元を訪れた。
この住職は遊び人として有名であった。
放蕩住職とも噂されるほど
全国各地を遊び周り、
住み込みの修行者たちに
自らの寺を任せることも多かった。
放蕩住職はやってきた巨体の僧侶を
他の住職と同様に精進料理でもてなした。
対する僧侶もいつもの土産を渡した。
それはそれは見事なカニであった。
真っ赤に茹で上がっており
今すぐ食べられるそのカニを見て、
修行中の者たちはよだれを垂らし色めき立つ。
放蕩住職は修行僧たちにひと言告げて、
部屋の外へと追い出した。
それから僧侶はいつもの問答を始めた。
「この寺で一番欲深きは何か。」
これまで住職たちは、
問いに答えられず僧侶に殴り殺された。
「そりゃ欲深きは節制ですな。
貧しい者が好んで清貧などできますまい。」
「おれのカニをなぜ食わぬ。」
皿に乗せられたカニに
放蕩住職は一切手を付けなかった。
「わしはこう見えて遊び人ですので
よく海に遊びに行くんですがね。
このカニを食いますと喉が痒くなり、
カニのように泡を吐くのです。」
放蕩住職は甲殻類アレルギーであった。
「よその住職なら喜んで食うでしょうな。」
そう言って笑っていた放蕩住職は、
金剛杵を僧侶に投げつけた。
金剛杵とは大陸から伝わる金色の法具で、
短い金属の棒の中央に柄があり、その両端には
刃の付いた独特の形状で儀式などに用いる。
刃は1本のみのヤリ状の物や、
3本に別れたフォーク状の物などがある。
放蕩住職はこの僧侶が各寺で
住職を殺しまわっていることを知っていたので、
これは面白いとばかりに招き入れたのであった。
金剛杵が頭に当たった僧侶は敵わぬと知るや否や、
細い廊下をその巨体を横歩きにして慌てて逃げたが
寺の門扉にたどり着く前に絶命した。
死んだ僧侶の正体は、巨大なカニの妖怪であった。
カニを運ばせると持ってこさせた酒で茹で、
修行僧たちにこれを振る舞った。
「遊びも修行のうちである。」
とは放蕩住職の言だが、
彼のようにカニを食えぬ者が無理をして食べれば
死に至る恐れもあるので、これを厳しく忠告した。
僧侶を退治した法具の金剛杵はカニの甲羅を砕き、
身をほじくるのに適していたので
修行僧たちは夢中のあまり黙って食べた。
殺された他の住職が夢中になるのも無理はない。
放蕩住職は千手観音菩薩像に、
元は僧侶であったカニの甲羅を供えた。
千の手に比べれば数多きカニの脚など、
なんと容易な食べ物であろうか。
と、放蕩住職はその腹に収めて満足した。
俺は今夜、オオカミになる。
狙いは可愛い子ヒツジだ。
大学の合コンに来たハーフの子は、
明朗快活で積極的に男に接近する。
「イヌ、好きですか?」
可愛らしい声の彼女で尋ねられ俺はうなずく。
「キミみたいな子イヌちゃんとか大好きだよ。」
頭や顎の下を撫でてやると
くーんとイヌの鳴き真似をする。
なんだこの子…。
俺は少しだけ萎縮した。
ともかく顔良し、胸良し、体良し。
性格にはやや難がありそうだが、
まさにうってつけの子ヒツジちゃんだ。
子イヌか?
童貞を捨てるには彼女で申し分ない。
退店の時間になると酔った彼女の肩を抱き、
俺は彼女を家まで送り届ける振りをして
ホテルまで連れ込もうとした。
協力してくれた彼女の友人らに感謝だ。
そんな夜道の暗闇にイヌが現れた。
青い目の大型犬が鋭い眼光を放つ。
腰丈ほどの背の高さに太い脚と、
大きな頭に犬歯をむき出しにする。
「ヒッ!」
首筋が強張って、情けないほど
変な声が出てしまった。
「パパ?」
酔っている彼女が、イヌに呼びかけた。
酔っていたはずの彼女だが、素面になっている。
「パパ…?」
「帰りが遅いから迎えに来たぞ。」
パパという名前をした彼女の飼い犬だろうか。
俺もアルコールが回っているのか、
目の前のイヌが喋っているように聞こえた。
「今日は遅くなるって言ったわ。」
「…パパは聞いてないぞ。」
「だってパパには言ってないもの!」
反抗期の娘そのもので地声で張り上げる彼女。
あの可愛らしかった声はどこへやら。
「だれだその男は。」
「もうしょうがない…。
紹介するね。これが私のパパ。」
「これって言うんじゃない。」
『これ』と紹介されて不満を言うパパだが、
これ、に睨まれて俺は言葉に詰まる。
これ、は明らかにヒトじゃぁない。
「は、初めまして…?」
「彼はイヌが好きなんだって!」
「パパはイヌじゃないぞ。」
「イヌみたいなもんじゃない。
だいたいオオカミ男なんてダサいし古臭いし。」
「なんてことを言うんだ。
ご先祖に失礼だと思わんのか。」
喉でグルグル唸り声を上げて怒りをあらわにする。
確かに俺はイヌは好きだが…。
「オオカミ…?」
「ウチの家系はオオカミの化身なの。
外国の血が混じってるけどね。
私はオオカミ女?
これちょっとダサいよね?
男に飢えてるみたいじゃない。」
笑ってごまかそうとする彼女の言葉に、
酔いと血の気がサッと引くのを感じた。
「パパ。この人、私の新しい彼氏。」
「彼氏だぁ?」
太い犬歯を見せて威嚇するように唸る。
いや、威嚇しているのだ。
どこのイヌとも知らない若造に、
ひとり娘をやる気は無いと言わんばかりに。
「ね?」
そんなことを知ってか知らずか
眼光鋭く彼女は同意を求めてきたが、
俺はすっかり意気消沈して黙ってしまった。
――――――――――――――――――――
ひどい頭痛にうなされて目を覚ました。
翌朝、俺はひとり自宅のベッドに横たわる。
昨日は合コンに行っていたはずだが、
どうやら俺は何の成果も無く
手ぶらで帰ってきたらしい。
――らしい、というのは、
つまるところ前夜の記憶が無いからだ。
飲みすぎた拍子にやらかしてなければ良いが…。
朝から意気込んで出向いた合コンだったが、
今は何か魂が抜けた感じで無気力感に陥った。
それから大学で例の
青い目のハーフの子に再会した。
目は合ったものの、自分でも不思議なことに
声を掛ける気にはならなかった。
記憶は曖昧だが合コンに居た、
男に貪欲で、俺のような童貞には魅力的な、
可愛らしい愛想を振りまく子だ。
合コンで見た顔だと言うのは分かる。
酔った彼女をホテルに誘おうとした、
その後で何があったのか
友人らに揶揄されてもが思い出せない。
それどころか思い出そうとすると、
二日酔いの気持ち悪さに吐き出した。
どういうわけか俺は彼女と
付き合いたいとは思わなくなっていた。
それどころか大学在学中の今、
誰かと付き合う気さえも湧かなくなった。
俺は今まで自分は女に飢えた
オオカミだと思っていた。
それが今では去勢されたイヌに成り下がっている。
ひとつだけ考えを改めたことがある。
童貞を捧げる相手は選びたい。
「バレてしまいましたか。」
我が家のネコである『たま』がそう喋った。
テレビを見ていた。
普段与えている高齢ネコ用の(不評な)
キャットフードではなく、
戸棚に入れていた高い缶詰を開け
(堂々と)隠れて食べている現場の最中だった。
誰が見ても疑いの余地は無い。
たま自身も白状したところだ。
「あれ? 驚きませんか?」
後頭部を掻いて目を背け、
人間臭く取り繕う。
元号ふたつ前の、昭和の仕草。
たまを飼い始めたのは、
かれこれ10年ほど前になる。
道路脇の低木の影から尻尾を出して
死にかけている三毛猫を拾い、
近所の動物病院へ連れて行った。
せめて最期を看取ろうと思っていたが、
食事はするし、よく寝て思いの外しぶとい。
明日には生命が尽きるものと、
毎日のように覚悟を決めていた。
しかし食欲旺盛で、みるみる内に太る
たまを見て、大丈夫だと確信した。
ノミが酷かったのでシャンプーをしたら
弱々しくなり死に損なったので、これが最後と
高い缶詰を買い与えた。
これもガツガツ食うので弱ったフリだった。
朝起きると、テーブルの上で後ろ足で
立っているところを見かけた。
何か虫を見つけたのか
前足を振って戯れはじめたが、
これもフリだった。
来客用に出しっぱなしになっていた
湿気ったせんべいを隠れて食べていたのだ。
以来、せんべいの咀嚼音が
時折、誰も居ない居間から響くようになった。
ソファに背もたれ大股を開いて座る
珍しい姿をスマホで撮ろうとしたところ、
カメラレンズに気づいて逃げられた。
たまはカメラが苦手な割に
タブレットのインカメラを気にせず、
ネットで動物の動画を器用に(勝手に)見ている。
それに寝言をよく言う。
ネコの鳴き声でミャオミャオ鳴く程度なら
可愛げもあるのだが、たまは
高いペットフードのCMを夢見て口ずさむ。
隣で寝ている飼い主を洗脳する気なのだろうか。
そんな訳で立って喋る程度のことで、
いまさら驚くわけがないのだ。
三毛のオスという珍しいネコだが
より特徴的なのは、根元から
ふたつに分かれた尻尾である。
名前の由来が『猫又』なので、
「自分が化けネコだとはバレていない。」
と、今まで思っていたことの方が驚きだった。
たまはネコに化けるのが下手だった。
このオバケには名前がまだ無い。
――悪霊である。
キツネのように獲物を執拗に狙い、
時には野犬のように同類に紛れ、群れをなす。
個であり群であるが、特定の形を持たない。
――神出鬼没である。
縁もゆかりも無いヒトのうわさ話に駆けつけて、
根も葉もない嘘偽りを並び立てて混乱を招く。
根拠を示せば姿をくらますこともあるが、
形振り構わず暴れまわることもある。
――悪鬼である。
ヒトに紛れ他者とは異なる意見を述べ、
またすぐ意見を一変させて場を荒らすのを好む。
舌が2枚あるとされるが、無視を嫌う。
――乱暴である。
火事と喧嘩を好み、声高らかにして拳を振るうが、
オバケでありその声や拳は相手には届かない。
自己への理解が極めて乏しい。
――無能である。
道化を演じることを良しとして、
自らの過ちを決して認めず
相手を責め立て迎合を拒む性質が強い。
――妖怪である。
ヒトの言葉は通じない。
男は好んでこのオバケになった。
なぜなら職場や家庭での鬱憤を晴らすのに
オバケになるのが適していたからだ。
休日を費やし、睡眠時間を削ってまで
相手をからかい、反応を楽しんだ。
オバケとの二重生活を始めたところで、
職場や家庭での問題は解決しなかった。
寝不足から相手への対応は雑になり、
状況は悪くなる一方であった。
やがて男は職場でもオバケとなった。
オバケには本来名前がない。
幽霊と見間違えた枯尾花は
ススキの穂であり、名前があった。
オバケを演じていた男の名前が、
世間に露見したのは時間の問題であった。
毎日1000件以上もの誹謗中傷を重ねていたことで、
職場の回線から探知されることとなり
個人が割り出され、男自身が標的となった。
仕事を辞めたものの与えた被害は甚大で、
職場の責任問題へと発展した。
当然ながら家庭にも累が及ぶこととなった。
男はオバケとなり、オバケに紛れて
標的になった自らを弁護した。
無駄なことである。
根も葉もないうわさ話はたちまちあふれ、
示した根拠は悪鬼たちのより良いエサとなった。
どんなに正当な意見を述べて、
相手を戒めようともナシのつぶて。
相手が実態のないオバケであることは、
男自身がその身をもって知っていたことだ。
ヒトの言葉は通じない。
実名での弁明も空しく、
火に油を注ぐばかりで終わった。
かつていた会社は傾き、
同僚たちは仕事を失い、
家庭はたやすく崩壊した。
その責任は全て男にあった。
男は絶望した。
最後に本物のオバケになることを望んだが、
名のある男にそれは叶わぬことであった。
老人が買ったラジオから、
亡くなった孫の声がすると言うのだ。
話を聞くと、その孫娘は
数年前に亡くなったそうだ。
老後の蓄えで最新機種のラジオを買った。
外見はアナログのレトロなデザインの
安物ラジオだが、液晶モニタがあり
無線LANにも対応している。
最新モデルというのが謳い文句だ。
ラジオは災害時でも情報が取得でき
役立つので、持っていて損はない。
そんなラジオがノイズ混じりではあるが
舌足らずな喋りの少女の声で、
ラジオの前の相手に話しかける。
――おじいちゃん、今日はどうだった?
――学校たのしかったよ。
――最近わたしがハマってるのはね…。
――それでおこづかいが足りないの。
――最近は雨ばっかだね。
――腰の調子はどう?
――この前はありがとう。
――長生きしてね、おじいちゃん。
孫の声から察するに、
こちらの様子がわかっている風である。
しかしこれらは最近良くある詐欺の手口だ。
遠く離れた家族、疎遠になった子ども、
むかしの友人、亡くなった妻など、
相手に合わせて他人を装い
ネットでお金を振り込ませる。
自宅からのネット振り込みであれば、
銀行窓口で注意されて邪魔されることもない。
携行可能なラジオに隠されたカメラで
相手からこちらの様子が分かり、
振り込みの案内も容易となる。
今回の標的は独居老人であった為に、
事件を未然に防ぐことはできなかった。
ラジオの購入者リストから割り出したこの老人は、
事件として取り扱うことを固く拒んだ。
老人であっても受け答えはしっかりしており、
初めて見る相手の顔や名前も覚えて記憶力も高い。
振り込んだ金額の複雑な計算も
暗算ですらすらと答えるほどで、
認知症の症状があるわけでもなかった。
だがこの老人の身辺を調べてみると、
そもそも結婚をしておらず
当然ながら孫も居なかった。
亡くなった孫の設定を演じる相手と会話し、
お金を振り込む関係を楽しみにしていた。
この時ばかりはそういう老人も居るのだと、
警察は納得するほか無かった。
私と同い年ほどの警察官が、
額に深いシワを刻み、目を細めた。
「いい年してなにをやってんだか。」
警察官の言葉が反省を促しているのか、
それとも単に疑問を口にしただけなのか、
私は自分が何故今に至った理由を考えた。
私は神童と呼ばれていた。
私の出身は未だにツチノコを伝承にしている
娯楽に乏しい田舎の村だった。
ツチノコはネッシーなど
未確認生物が話題になった70年代に、
村おこしの目玉として白羽の矢が立った。
腹の中央が膨れたヘビで
目撃証言以外には大した逸話がない。
食べ過ぎたヘビと呼んでも過言ではない。
ツチノコ探し程度しか娯楽もなかったので、
私は小学低学年の時に高学年で習う漢字を
すらすらと読み、大人たちを驚かせた。
そこが人生の絶頂期だったのかもしれない。
私は天狗になっていた。
それから普通の中学校に入って
成績はクラス内で中の上、
高校では下の上だった。
もうひとつ下だったのかもしれない。
とにかく別の意味で大人たちを驚かせた。
なんとか入れた大学でひとり暮らしを始め、
なんとか卒業して都内でどうにか就職し、
なんとなく自宅と会社を往復する
平々凡々な日々が続いた。
なんとなくで会社を辞めた私は
くたびれ果てて年の暮れに田舎に帰ると、
昔懐かしい小学校のクラスメイトらの顔ぶれを
久々に見て驚きの連続だった。
クラスメイトのほとんどは
当然のように結婚していて、子どもが居て、
起業したり、家業を継いだり、
また会社ではそれなりの役職に就いていた。
気付けば小学校卒業から20年が経っていたのだ。
遠く都内で生活を過ごしていた私は
浦島太郎の気分であった。
神童などと呼ばれていたのも今は昔、
私は劣等感に苛まれながら
黙って酒を呷った。
浴びるように酒を飲み、
醜く膨れ上がった腹鼓が、
残酷なまでに歳月を感じさせた。
いつまでも過去の栄光にすがり、
手を抜いては言い訳ばかりが上達し
仕事も後輩に追い抜かれて出世の目処もない。
そんな私はよく酒に溺れた。
酒が原因で大きな失敗をすることもあるが、
酒は私から嫌な気分を忘れさせてくれた。
酒に酔った私は勢いづいて、
昔のように人々を驚かせた。
人々たちはおおいに笑い、
私はおおいに酔って気持ちが良かった。
気が付いたら目の前に立っていたのが
地元の警察官で私の元クラスメイトだった。
再会の喜びに舞い踊った私だが、
警察官は神妙な顔つきでこう言った。
「いい年してなにをやってんだか。」
制服姿で職務中の警察官は
目を細めて、私のだらしない裸を見た。
締まりのない太鼓腹を見下ろした私は、
ツチノコを出して突っ立っていた。
脈絡もなく突然わめき、
カンシャクを起こし、
無関係な他人を責める。
世の中には頭のおかしなヒトが居るものだ。
世には地域や言語に関係なく、
呪いというものが存在する。
丑の刻参りと呼ばれる
他人を不幸に陥れようという、
呪いの方法が日本でも有名である。
丑の刻とは昔の深夜1時~3時頃のことで、
毎晩その時間帯に神社に出向き、
ワラなどで作った人形に
五寸釘で御神木に打ち込む。
7日間続けることで呪いは成就し、
相手を不幸に陥れると信じられていた。
その情熱は大変素晴らしいと思う。
三脚台の五徳を逆さまにして頭に被り、
火を点けたロウソクを五徳の脚に突き立てる。
五徳に刺しても折れにくい
なるべく太いロウソクを使い、
熱で液化した蝋によるやけどや髪への延焼、
火事・火災には十分注意しなければいけない。
ホームセンターなどで五寸釘、下駄、
通販で白装束を用意して白粉を顔に塗っておけば
雰囲気は完璧で、資格も必要無く誰でも可能だ。
呪いをかける相手の名前を叫び、
神社の御神木にワラ人形を釘で打ち込む。
会社の上司や気に食わない同僚など、
身近な相手であれば実行しやすいであろう。
細かな作法の違いは多少あると思われるものの、
効果のほどについては記録されていない。
呪いによって成果を得た不名誉を、
公にするのは良くないのであろう。
現代において実行を試みる者も居るが、
深夜に参拝できない神社も多く
不法侵入に当たる場合もあり推奨しない。
もし深夜の参拝を許可されている場合でも、
御神木に五寸釘を打ち込む行為は
器物損壊罪にあたる恐れもある。
騒音などで苦情が出るかもしれないので、
人里離れた廃神社に出向く手間を考慮すべきだ。
また、呪いの実行を他者に知られれば、
脅迫罪などが適応されるので注意されたい。
ヒトを呪わば穴ふたつ。
呪いを掛けようとした者が、
その呪いが自分に返ってくるというのは
ことざわにも存在する。
蠱毒術など呪い自体は
古代中国から存在し、現代においても
その効力は未だに信じられている。
呪いが自分自身に向けられる
奇っ怪な都市伝説まで存在する。
ある言葉を20歳まで覚えていると不幸になる。
呪いそのものが変質しており、
他者の行為に限ったものではなくなったのだ。
『3回見たら死ぬ絵』などもあるが、
ネットで検索すると律儀というより
親切なことにその絵が3枚表示される。
これはある画家の不気味な絵の
売り文句となったに過ぎず、
実際に見て死んだという報告はない。
ただその画家は不幸な形で亡くなっており、死因は
息子らの無心による強盗殺人であったことは、
呪いを箔付けするものとなってしまった。
科学が発展した現代では、不思議と
呪いそのものはより身近になりつつある。
絵画や写真が稀であった時代はとうに過ぎ、
スマホで個人を撮影するのは日常茶飯事となった。
幕末の時代であれば魂を奪うと言われた写真は、
動画をもその場で視聴できる時代に変わった。
写真はコンビニで印刷も可能となって
店内には至るところに防犯カメラがあり、
町中にもカメラが溢れかえっている。
もはや個人を特定するのは容易であり、
どんな相手でも呪いを掛けられる
うってつけの社会が構築された。
それはいわば呪いの社会の誕生である。
誰かが俺を常に見ていて、
誰でも俺に呪いを掛けられる。
俺は仕事に失敗したことで、
上司に責任を追及されて職を失った。
風邪をひいた。
事故に遭い、怪我をして、入院した。
新しい仕事は見つからない。
この不幸は呪いの証明だ。
きっと誰かが俺を呪ったに違いない。
俺が上司を呪ったように。