かつて甲斐の国(山梨)に、
連続殺人事件が発生した。

現場はいずれも寺であり、
被害者はその寺の住職であった。

死因は撲殺(ぼくさつ)

事件の夜には、巨体の僧侶が
その寺を訪れたという証言があった。

住職は遠くから来た僧侶を
精進料理で(もっ)てもてなした。

すると僧侶は厳つい顔に似合わず機嫌を良くし、
住職にある土産を渡した。

住職もその土産に目の色を変えて喜んだという。
それから僧侶が住職に尋ねた。

「この寺で一番欲深きは何か。」

住職は黙り、答えられなかった。

持参した土産に夢中となり
答えられなかった住職に、
鬼の形相で怒り僧侶は彼を殴り殺した。

その住職を撲殺した僧侶は
本堂に保管している千の手を持つ菩薩像、
千手観音菩薩を破壊して寺をまわっていた。

翌日も別の寺にその僧侶は住職の元を訪れた。

この住職は遊び人として有名であった。

放蕩(ほうとう)住職とも噂されるほど
全国各地を遊び周り、
住み込みの修行者たちに
自らの寺を任せることも多かった。

放蕩住職はやってきた巨体の僧侶を
他の住職と同様に精進料理でもてなした。
対する僧侶もいつもの土産を渡した。

それはそれは見事なカニであった。

真っ赤に茹で上がっており
今すぐ食べられるそのカニを見て、
修行中の者たちはよだれを垂らし色めき立つ。

放蕩住職は修行僧たちにひと言告げて、
部屋の外へと追い出した。

それから僧侶はいつもの問答を始めた。

「この寺で一番欲深きは何か。」

これまで住職たちは、
問いに答えられず僧侶に殴り殺された。

「そりゃ欲深きは節制ですな。
 貧しい者が好んで清貧などできますまい。」

「おれのカニをなぜ食わぬ。」

皿に乗せられたカニに
放蕩住職は一切手を付けなかった。

「わしはこう見えて遊び人ですので
 よく海に遊びに行くんですがね。
 このカニを食いますと喉が痒くなり、
 カニのように泡を吐くのです。」

放蕩住職は甲殻類アレルギーであった。

「よその住職なら喜んで食うでしょうな。」

そう言って笑っていた放蕩住職は、
金剛杵(こんごうしょ)を僧侶に投げつけた。

金剛杵とは大陸から伝わる金色の法具で、
短い金属の棒の中央に柄があり、その両端には
刃の付いた独特の形状で儀式などに用いる。
刃は1本のみのヤリ状の物や、
3本に別れたフォーク状の物などがある。

放蕩住職はこの僧侶が各寺で
住職を殺しまわっていることを知っていたので、
これは面白いとばかりに招き入れたのであった。

金剛杵が頭に当たった僧侶は敵わぬと知るや否や、
細い廊下をその巨体を横歩きにして慌てて逃げたが
寺の門扉(もんぴ)にたどり着く前に絶命した。

死んだ僧侶の正体は、巨大なカニの妖怪であった。

カニを運ばせると持ってこさせた酒で茹で、
修行僧たちにこれを振る舞った。

「遊びも修行のうちである。」

とは放蕩住職の言だが、
彼のようにカニを食えぬ者が無理をして食べれば
死に至る恐れもあるので、これを厳しく忠告した。

僧侶を退治した法具の金剛杵はカニの甲羅を砕き、
身をほじくるのに適していたので
修行僧たちは夢中のあまり黙って食べた。

殺された他の住職が夢中になるのも無理はない。

放蕩住職は千手観音菩薩像に、
元は僧侶であったカニの甲羅を供えた。

千の手に比べれば数多きカニの脚など、
なんと容易な食べ物であろうか。
と、放蕩住職はその腹に収めて満足した。