スタンガン? 

俺はそれを探して、混乱した頭で全身をまさぐる。

頭と手が明らかに接続障害を起こしていた。

その間にも液体化した金属は、意思を持って電柱を登る。

「飯塚さん!」

液体金属は全身を伸ばし、そこへ飛びかかった。

飯塚さんは電柱に設置されていたボックスを投げ落とす。

それに引きつけられるかのように、白銀のアメーバは空中で弧を描き、その体を伸ばす方向をぬるっと変えた。

受け取った俺をめがけて、アメーバも落下する。

飯塚さんの手が自分のポケットにあったスタンガンをつかむと、電柱の先からひらりと飛び降りた。

俺をめがけて飛びかかった、その尻尾の先に押し当てる。

バチンという放電音を発し、液体は意思を失った。

少しねっとりとした銀色の滴は、それをかぶった俺のヘルメットの縁から垂れ落ちる。

「動くな」

背後からの声に、思わず振り返った。

見上げたカーブミラーの鏡面に、特別機動隊本部と思われる映像が映っている。

「『動くな』と言ったのに、なぜ振り返った。単純な危機対応も出来ず、上官の指示にも従えないような新人を連れているとは、君らしくもない」

その声はとても低く、声色はあくまで穏やかだった。

ミラーに向かって、飯塚さんはうつむく。

「すみません、隊長。自分の指導不足です」

モニターには口元から腰辺りまでの上半身しか映し出されていない。

ここからでは、どうやってもその顔は見えない。

「お前の部隊はここ最近ヘマばかりだ。どうした」

「すみません。鋭意、努力いたします」

「何度目かな、その台詞を聞くのは」

ミラーからため息が漏れる。

同時に映像は途切れ、交通を安全かつ円滑に行うために設置されているはずの鏡は、本来の役割に戻った。

「なんですか、あれは!」

飯塚さんはかぶっていたヘルメットを脱ぐと、頭をかきむしる。

「動くな。隊長が君に動くなと言ったのは、君が浴びたその金属が有毒だからだ」

それは時折現れる液体金属型の装置で、組成成分としてガリウム、インジウム、スズ合金など、人体に影響を及ぼす物質が使われていることが多いらしい。

あらかじめ設定してある条件を満たした場合に、作動する地雷のようなものだと教えられた。

そうでなくても敵対する何者かが我々にたいして、妨害行為からこんなことをしているのだ。

触れた液体に骨まで溶かされた隊員もいるらしい。

「この作業着は、化学的にも物理的にも、薬品や熱、衝撃に強い素材で出来ている。肌に直接触れていないのなら、まず大丈夫だ」

「誰がそんなことを?」

「電柱の武装解除に反対する連中だよ」

日本に存在する電柱は、有事に地対空ミサイルとして発射されるステルス防衛の重要な一翼を担っていた。

「それ自体を面白くないと思う奴らは、設置当初からこの発射機能を備えた電柱を破壊して回っていた。その整備点検を務めるのも、俺たちの仕事だったんだ」

電柱に取り付けられている謎のボックスは、その機能を制御する本部からの受信機器だ。

時折起こる小規模な停電は、その8割をこの破壊工作を原因とするらしい。

「だけど全ての電柱が、そうだというわけではない」

飯塚さんはミサイルとしての役割を、たったいま終えたばかりの電柱に、そっと手を添えた。

「これで本来の役割に、戻してあげられた」

そう言って静かに微笑むこの人に、かける言葉が見つからない。

ここでは『普通の常識』は、通用しないのだ。

帰りの車内はとても静かな時間が流れていた。

戻ったコンビニで、出動時に装備する武器の基本的な装着位置と操作方法を教えてもらう。

左の襟元には本部連絡用のマイクが縫い込まれ、そのマイクを通して操作できるカーブミラーや信号機、消火栓の暗号を頭にたたき込む。

隊員にはそのマイクを通して、ある程度の操作を個人で自由に行うことが許可されていた。

「うまく使えよ。この機能を使いこなせるようになるとな、飯塚さんみたいに歩く魔術師になれる」

「何だよそれ」

「今に分かる」

竹内はニッと笑った。

22時のコンビニ。

彼は自分の持つありとあらゆる知識を俺に披露してから、自分の住所として登録されている店舗二階の居住区へと移っていった。