しかしながら、彼女の猛撃は朝だけに収まらなかった。僕はいつも、昼休みは非常階段で過ごしている。理由は至極簡単。ひとりで静かに過ごせる場所にいたいから。
できることなら学校になど来たくない僕だ。家から一歩も出ず、誰とも顔を合わせずにいたい。だからこそ、人の行き来が多い昼休みは誰も寄り付かない場所で過ごすことにしている。
ところが今日、僕の後を追って彼女までもが非常階段へやって来たのだ。ハムスターが食べるのか?というような小さな弁当箱を持って。
「いっくんも、教室でみんなと一緒に食べればいいのに」
「面倒」
「みんな、本当は話しかけてみたいんだよ」
「どうでもいいし」
「いっくんは別世界から来た特別なひとなんだから」
「は? 意味不明」
非常階段の幅は、二メートルないくらい。決して広いとは言えない幅なので、さすがの彼女も昨夜のように隣には座らず、僕の三段下に腰を下ろしていた。時折冷たい風が吹くと、彼女はその都度肩をきゅっと縮めている。寒いなら教室で食べればいいのに。
「わかってないなぁ、いっくんは」
咲果は人差し指を立てて〝みんなが僕に興味を持つ理由〟を説明する。
この場所は、東京都心からは電車で一時間半ほどの場所にあるというのは前も言った通りだ。坂と緑の多い昔ながらの住宅街なので、ザ・田舎と言うほどの田舎ではない。それでも必ずどこかに山が見えるし、春の田んぼではウシガエルが大きな声で合唱しているらしく、牛だってわざわざ動物園に行かずとも見ることができ、一本入ればあっという間に田んぼ道が続くような場所だ。
生まれ育った環境というのは、人格形成にも大きく作用するのだろうか。クラスメイトたちも全体的にのんびりとしていて、穏やかな雰囲気がこの学校には漂っている。それでももちろん、ひとりひとりは違う人間だ。考え方も性格も違う。
「東京に対しての考え方も、人それぞれだよ。都会に強い憧れを持つ子もいれば、大して興味のない子もいる。それでもみんな一度くらいは、東京がどんな場所なのかという好奇心くらいは抱いたことがあると思う」
彼女の言うことは、東京で生まれ育った僕にとってはいまいちピンとこない話だった。それでも確かに、情報として知ってはいるものの訪れたことのない場所というのは、魅力的に映ることもあるのだろう。
電車で一時間半。それは高校生にとって近いように見えて遠い、なかなか越えることのできない距離であることもまた事実なのかもしれない。
「届きそうで届かない場所からやって来たいっくんは、わたしたちと同じ高校二年生でも、別の世界を知る特別な存在だって感じてるの」
「そんなの僕には関係ないし」
そっけなく返せば、彼女は「もう〜!」とわかりやすく頬を膨らませた。
どれほどに僕が尖ろうと、どれほど冷たくあしらおうと、彼女は決してめげなかった。それどころか、気分を害する様子すら見せないのだから、僕は厄介な人に目をつけられてしまったらしい。
それでも僕が彼女を思い切り突き放すことができないのは、弱みを握られているから。それともうひとつ。彼女をまとう空気は不思議なほどに軽やかで、人間が持つ特有の〝好奇〟とか〝野次馬〟的な匂いがしなかったからかもしれない。