私は、お手洗いを済ませると社長に缶コーヒーを買って戻った。
すると車の近くで社長は、誰かと電話で話をしていた。
誰かしら……?近づいて行くと意外な人物の名前が出てきた。
「えっ?樹里が風邪をひいて熱を出した!?」
えっ……樹里………?
するとハッとした。確か娘さんの名前だわ!!
社長の娘さんのことは、デスクに飾られている写真で知っていた。
奥さん似なのか、とても可愛いらしい女の子だったと認識している。
社長と仲良さそうに写っていた。
「小児科に行ったのか?そうか。今、結果待ちか。
いや……しかし。すぐには、帰れないし
えっ?熱がそんなにか!?
流行りのインフルかもしれないな。弱ったなぁ……」
社長は、頭をかきながら困った表情をしていた。
心配で仕方がないのだろう。私を気遣ってくれていた。
その気持ちが…逆に現実に連れ戻される。
社長は、家族が居る既婚者だったと。
自分に振り向いてくれるのは、嬉しいけど
娘さんから父親を奪う訳にはいかない。
子供好きの社長だ。娘さんを溺愛しているに違いない。
「とにかく今すぐには、無理だが時々でいい
樹里の様子を連絡してくれ。また、かけ直す」
そう言うと社長は、静かに電話を切った。
深くため息を吐きながら。
分かっている。社長が娘さんのことが心配で仕方がないことぐらい。
だから私が遠慮しなくては……そうよ。
最初から断れるなら断っていたことだし。私は、社長のそばまで行くと
「社長。帰りましょうか?」と告げた。
「…えっ?お前……今の話を聞いていたのか!?」
「心配なんでしょう?樹里ちゃんの事が、だから帰りましょう」
「夏希……いいのか?お前は、それで?」
「旅行なんていつでも行けますから、それより早く帰ってあげて下さい。
風邪なんですよね?早く帰って安心させてあげて下さい」