「――ってことがあったんだよ!」

 翌日、朝のホームルームを終えて屋上に向かい、給水タンクの近くに座ると、一緒についてきた袴田くんに吉川さんのことを話した。
 お礼を言われたのは私だが、彼が私の体を取り憑いて対処しなければ回避できなかったことだ。
 私が話し終えると、袴田くんは眉をひそめた。

『岸谷が吉川につきまとってた、ねぇ……』
「でもちょっとわかるかも」
『は? なんで?』
「だってあんな優しくて強くて美人さん、早々いないよ? 私が男だったら速攻で惚れてたね」
『男の一人も作れねぇ奴が何言ったんだか』

 つまんねぇ、と一言呟くと、給水タンクの上で器用に昼寝を始めた。
 幽体とはいえ、不安定なタンクの上だ。地面に落ちないのが不思議で仕方がない。

 あれから袴田くんとはよく話すようになった。
 幽霊(仮)相手に柔軟な対応ができていることに、我ながら驚いている。

 結局彼がどうしてここに戻ってきたのかは、未だわからないままだ。
 聞こうとしても誤魔化されて別の話に切り替えてしまう、この繰り返しがずっと続いていた。

「……井浦、だっけ」
「へ?」

 突然後ろから声をかけられた。
 今はまだ授業中で、来た時は誰もいなかった屋上だ。声をかけられるなんてことは、見回りの先生以外在り得ない。

 しかし、意外にも私に声をかけてきたのは、あの岸谷くんだった。

「きっ……!?」
「あんまりデカい声出すなよ。今授業中なんだから」
「そうだけど……え、なんでここに?」
「教室に行ったら席にいなかったから。サボる奴の溜まり場といえば屋上だろ」

 どこかで聞いた覚えのある話をして、岸谷くんは私の隣に座った。
 この間の時に比べて、どこかげっそりした顔つきをしている。

「……えっと、大丈夫?」
「え?」
「いやっ! その……元気ないなって思って」
「あー……すっげー馬鹿なことしたなって後悔してんだよ」
「もしかして、吉川さんのこと?」

 岸谷くんは小さく頷いた。

「苛立ちで我を忘れた挙げ句、女子に殴り掛かったんだ。いくらムカついていても、こんな格好悪いことするなんてさ。お前が飛び出してこなかったら、もっと危なかったと思う」

 お前にも悪いことしたな、と。岸谷くんは下を向いたまま言う。
 落ち込み具合とこちらを一向に見ようとしないことから考えても、彼自身、かなり反省しているようだった。
 無理もない。あんな可愛らしい子に好意を向けていて、他の男子に盗られるところなんて見たくもないだろう。

「大丈夫だよ。気付いてくれてよかった」

 私がそう言うと、岸谷くんは顔を上げて一瞬驚いた顔をしたものの、すぐ微笑んだ。

「……ところでお前、袴田玲仁と知り合いだったのか?」
「へ? 袴田くん?」
「だってあの時のお前、アイツ特有の笑い方してた。近くにいれば喋り方も似るっていうし。……もしかして彼女だった、とか?」
「ゴメン、それは絶対ない」

 袴田くんの彼女? いやいや。絶対無理。
 私が即答で拒否したから、岸谷くんは苦笑いをした。

「……でも、憧れたことはあるよ」
「憧れた?」
「うん。……私、袴田くんは楽しんで喧嘩している人には思えなかったから」