そんな日々が続いていたある日の放課後、私のクラスに吉川さんが訪ねてきたのだ。

 あの時は余裕が無かったが、彼女――吉川明穂(あきほ)が今年の文化祭で行われた学校一の美女を決めるミスコンの優勝者だったことを思い出した。
 噂では、彼女にはほぼ毎日ラブレターや告白が送られるらしい。

 同い年とはいえ落ち着きのある大人っぽい彼女だが、私を廊下に呼び出すと、急に手を包んで恥ずかしそうに頬を赤らめながら、遠慮がちに口を開いた。

「こ……この間は助けてくれて、ありがとう。クラスがわからなくて遅くなってしまって……」
「そんな……たいしたことしてないし……!」

 しかも助けたの私じゃないしね。

「でも、本当に助かったわ。実は岸谷くんにはずっと付きまとわれていて困っていたの」
「そう……だったんだ……」

 そういえば岸谷くんは自暴自棄になってるって、袴田くんが言っていたっけ。
 彼が吉川さんに何をしたかったのかはわからないけど、あの一件で落ち着いてくれたらいいな。
 すると、彼女は更に握った手に力を込めて続けた。

「岸谷くんね、前はサッカー部のエースだったの。優しくて格好良いからファンクラブもできちゃうくらい。実は私、何度か彼女たちに狙われてしまって」
「ねら……え?」
「ほら、女子って影からバレないようにいじめを広めるでしょ? 今までも教科書を隠されたり、体操着をシンクに入れてびしょびしょにされたことがあったから、井浦さんも気を付けてほしくって」
「……それを言うために、教室まで来てくれたの?」
「ええ。無関係な人が巻き込まれるの、もう見たくないもの」

 吉川さんは優しさの塊だ。
 自分の辛い経験を思い出すのは恐ろしい。その恐怖を押し殺して、私に打ち解けてくれた。今も握った手が震えているのに、被害者をこれ以上出さない為に頑張っている。
 私は彼女の手を握り返した。

「ありがとう。吉川さんも気を付けてね」

 私がそういうと、彼女は涙を一つこぼして微笑んだ。