パンッ!
ハイタッチをしたときのような、叩きつける音が屋上に響いた。
目を閉じていることもあって、状況が掴めないなかで、少なくとも岸谷くんと男子たちは狼狽えて、やけに焦っているように思えた。
未だに来ない顔面の痛みの代わりに、右の掌が痺れている。何か掴んでいるみたいだが、感覚が麻痺していてわからない。
「――くはは」
すぐ近くで誰かが笑った。特徴的な、袴田くんの笑い方で。
唯一違うのは袴田くん本人の声ではなく、私の声だということ。
「岸谷ぃ……ちょっとは落ち着けよ。女に手を上げるなんてつまらねぇことしないでさ」
そっと目を開くと、私は岸谷くんの胸倉を左手で掴み、右手で彼の喉仏を押さえていた。
吉川さんを掴んでいる腕に飛びつくのがやっとだったのに、目を瞑った一瞬のうちに何が起こったのか。
見れば岸谷くんの顔色も青ざめていた。
「だから、お前は俺に勝てなかったんだよ。わかれアホ」
こちらの意図せず、口が勝手に開く。
なんで? ――そんなの簡単だ。
喋っているのは私ではなく、袴田くんだからだ。
「……っふざけんなよ!!」
「おっと……やべ、借りモンだから動きづらいけど……ま、いっか」
逆上した岸谷くんが吉川さんの制服を離すと、私の右手を払い退けて、腹部に向かって殴りかかってきた。
私の体は冷静にそれを足で払う。まるで何度も殴り合いをしたことのあるかのような身のこなしに、自分でも驚きが隠せない。
殴ったり蹴ったり、次々と攻撃を繰り出す岸谷くんに、私は受け流すようにして交わしていく。
そして隙をついて彼の間合いに入ると、痺れた右手を強く握って鳩尾に叩き込んだ。
「がっ……は」
「き……っ岸谷いいい!?」
「ヤバイ、ヤバイぞアイツ!」
岸谷くんがその場に立ち崩れると、扉の前に立っていた男子がガタガタと震えだす。
私は彼らに向けて、指の関節を鳴らしながら問う。
「コイツ連れてさっさと戻れ。まぁ、俺に勝てる自身があるなら、全員来てもいいけど」
「ヒッ……」
「聞こえなかったか? 俺に勝てる自信があるなら出てこい!」
「に、逃げろ!」
「岸谷、行くぞ!」
三人は怯えながら、岸谷くんを引きずって校舎へ戻っていく。屋上に残されたのは、私ただ一人。
とりあえず大喧嘩にならなくてよかった。
……なんて、安心できないよ!
完全に私が彼らに仕掛けたよね? どうしよう!?
「まぁ、助けてやったんだから俺に感謝しとけよ、井浦」
口に出していないのに、私の口が勝手に喋る。勿論、こうなったことに対して彼に感謝する気もない。
まず私、自分のこと「俺」って言わないし。
つまりこの状態は……。
「人に取り憑くなんてこと初めてやったけど、案外上手くできるモンだなー」