その瞬間、背筋がぞっとして一気に空気が下がった。
先程まで浮かべていた笑みから一転、袴田くんはある人物を睨みつけたまま指をさした。
『一ヵ月前のあの日。信号待ちの交差点で俺のことを突き飛ばしたの、お前だろ』
怒りのこもった低い声、睨みつけたその先には、吉川さんの姿があった。
「わ、わたし……?」
『そう、ワタシ。ついでに岸谷がお前に付きまとってた話をでっち上げ、井浦をフェンスから落とすように岸谷のファンに指示したのも、ワタシ』
怯える吉川さんを追い詰めるように、彼はさらに続けた。
『お前、何度か喧嘩に巻き込まれてるよな? どっかで見たことあるなーくらいの記憶だったけど、思い出したよ。めっちゃ話しかけてきた女子。どうせ俺が無視し続けるから、自棄になって突き飛ばしたんだろ』
「……何を言っているの? 確かに私は何度も袴田くんに助けてもらったわ。命の恩人も同然よ? そんな人を突き飛ばしたりなんか……」
『いやぁ……流石に俺も思ったよ? まさか学校一の美女が「私だけのものになって」なんて提案されるとは思ってもいなかったからな』
袴田くんは苦笑いを浮かべて言う。
話が入ってこない私は、横にいた岸谷くんの方に目を向ける。
それを察したのか、彼は噛み砕いて教えてくれた。
「吉川は、袴田にべた惚れでストーカーまでしてたんだよ。……俺は最初、袴田が事故に遭って死んだって聞いて、吉川に付きまとわれていたからじゃないかって疑ってた」
「……もしかして、殴りかかった本当の理由って」
「本当のことを言わないから、カッとなってつい。井浦が間に入らなきゃ、普通に殴ってた」
岸谷くんは苦笑いを浮かべた。
もし袴田くんが体を乗っ取っていなかったら、怪我だけじゃすまなかったかもしれないと思うと、急に血の気が引いた。
『まあ、そんな顔すんなよ』と袴田くんが宥めてくるが、そんな簡単なことじゃない。
『俺が死んだ以上、もう関わらないかと思ってたが……まさかまた嘘をでっち上げて悲劇のヒロインになりきるとは、そこまでして俺にこだわる理由ってなに?』
「……しょうがないじゃない」