秋から冬へ移り変わる季節。

 一気に寒くなった朝に震えながら、ホームルームが始まるギリギリの時間に教室に行くと、百合の花が置かれた窓際の席に、もういないはずの彼が座っていた。

「…………」

 ……いやいやいやいや。

 確かに見慣れた金髪と左耳に揺れる黒の二連ピアスだけど。横顔だけでも整った顔立ちしているけど!

 彼は微動だにせず、ずっと黒板の方を見つめている。
 こんなにも堂々としているのに、誰も彼の存在に気付いていない。 

「はいおはようー。ホームルームをはじめ……井浦(いうら)? ボーッとしてどうした?」
「えっ……な、なんでもないです!」

 担任の先生が既に教室に入ってくると、クラスメイト全員が座っている中、私だけが鞄を背負ったまま、自分の席の前で立ち尽くしていた。

 慌てて席に座り、そっと横目で窓側の席を見る。
 変わらず真顔で黒板を見ているが、先生の話が進むにつれ、次第に彼の姿勢は机になだれ込むように崩れていった。
 見たことあるぞ、この光景。

「……井浦ー。隣が居なくて寂しいだろうが、先生の話くらいちゃんと聞いてくれるかなぁ」
「へっ? あ、すみません」
「お前まさか、そこにいるとか……?」

 います。

「……そんなわけないじゃないですかー。ほら、天気がいいから外に気を取られてました。気を付けます」
「そうか、ならいいが……じゃあホームルーム終わり! 今日も一日元気にいこう!」

 先生が号令をかけてホームルームが終わると、クラスメイトが次々と談笑したり、授業の準備を始めた。

 私は小さく溜息を吐いた。誰にも見えていないのに、堂々と「隣にいます」なんて言えるわけがない。

 そしてあわよくば、私が今まで見てきた彼の面影を映し出した幻影であってほしい。

 そう願いながらまた窓側の席を見ると、机に伏せた顔はこちらを向いてじっと見てきた。

「…………」
『…………』

 目が合った。

 さっきまで黒板見てたのに。

 ゆっくり目を逸らすと、隣から椅子を引く音が聴こえて、急に左肩が重くなる。
 何かに掴まれたような、人の指先の感触。

 見たくない。振り向くのが怖い。

 私は逸らした先にある黒板から自分の机に視線を落とした。顔を上げるのが怖かった。

『……井浦(かえで)。お前、俺のこと見えてるよな?』

 一週間ほど前に死んだ彼――袴田玲仁は脅すように、肩に添えた手の力を込めた。