まるで子供をあやすような優しい問いかけに、力いっぱい掴んでいたフェンスから自然と手か外れ、彼の腕にしがみついた。

 ゆっくりと袴田くんが動き出す。
 中途半端に傾いたフェンスから無事、屋上のコンクリートまで移動すると、丁寧に私を降ろしてくれた。
    
「……ありがとう」
『気にすんな。怪我してないならいい』

 冬の澄んだ空に浮かぶ太陽の光が、風で揺れる袴田くんの金髪に反射して眩しい。

 こんなに近くにいて、スリル満点の状況なら、誰だって恋に落ちるかもしれない。

 でも彼は既に死んでいる。

 本来は見えること自体、在り得ない話。もう叶うことのない、永遠の片想い。

 ……そこにときめかない私は、かなりヤバイんだろうな。

『井浦? どうした?』
「……なんでもない。私も、後悔してたから」

 なにが、とは聞いてこない。
 いろんなことに巻き込まれた被害者側だけど、こんな友達がいてくれたら良かったなって思うくらい、ここ一ヵ月は楽しかった。

 すると、袴田くんは口元を緩ませて、私の頬にそっと手を添えた。

『じゃあ、俺と一緒にくる?』

 ふざけた口ぶりとは裏腹に、真剣な眼差しに思わず吸い込まれてしまいそう。

 死んだって何もないよ。
 時間が止まってしまったら、何もできないでしょう?

 私は彼の手を払った。

「ううん。私、いくら袴田くんがいてもまだ行かないよ」
『……ならいい。それでいいよ、井浦は』

 小さく溜息を吐いた袴田くんは、どこか残念そうに肩を落とす。

 ……あれ? そういえば幽霊って触れられるんだっけ?

 ふと疑問が頭に浮かんだと同時に、校舎に繋がる屋上の扉が大きな音を立てて開かれた。