教室に居づらくなった私は、落書きされた机とと菊の花をそのままにして、鞄だけロッカーに入れて鍵をかけると、先生が来る前に教室を出た。

 お馴染みとなった屋上の給水タンクの下に座り込んで、もうすでに二時間は経過していた。

 最近、授業をサボることが増えて、袴田くんと話すのが日課になっていた。

 肌を刺すような冷たい風が吹こうとも、教室に戻りたくなかった。

 廊下で喧嘩してから袴田くんの姿を見ていない。

 私が教室から屋上に向かう最中に、彼の怒鳴り声にやられて頭痛を引き起こした生徒が数多くいた。きっと保健室は大混乱だろう。

 ――『お前、もう吉川と関わるな』
 ――『余計なことは聞くな。その方が身のためだ』
 ――『なんでもいいだろ。お前まで巻き込まれたら……』

 袴田くんの言葉が頭から離れない。
 吉川さんが何をしたの?
 巻き込むってなに? 他校との喧嘩ならもう巻き込まれてますけど!?

「……わけわかんない」

 大きく溜息を吐いて上を向く。冬の寒空は今日も綺麗な青だった。

「話してくれたっていいじゃん。他人じゃないし」

 彼を他人だと、隣の席の死んだ誰かとして見られない。
 幽体の彼と出会って一ヵ月、今まで沢山助けてもらった分、何か返したい。未練が残っているのなら、なるべく協力してあげたい。

 ふと、彼の笑った顔が思い浮かんだ。

 なんのときだったかは覚えていないけど、確かに彼は楽しそうに笑っていた。

 そして私は「袴田くんが生きていたらいいのに」と、現実から逃げることをいつの間にか願っていた。

 ああ、彼が生きているときに、もっと話しかけておけばよかったなぁ。

 ぽた、と手の甲に雫が落ちた。
 雨なんて降っていないのに、雲一つない青空が広がっているのに、頬を伝う雫が止まらない。

 私、怖いんだ。

 自分の席に落書きと菊の花が置かれていたあの教室に戻るのが、冷たい目で見てくるクラスメイトと先生が、すごく恐ろしい。