まるで脅しているような彼女の言葉に後ずさると、包まれた手は次第に強く握られた。あまりにも強くて、指の骨が折れそうだ。

「よ、しかわさん……?」
「あら、顔色が悪いけど……もしかして具合悪い?」

 微笑んで心配してくれている――はずなのに、私は彼女に恐怖を覚えた。振り払おうとしても、恐怖が勝って動かない。

 先程まで近くにいた袴田くんの方へ目を向けると、彼は目を見開いて呆然としている。

 二人に共通点なんてあっただろうか。
 いや、吉川さんが袴田くんのことを知っていても、彼は何も言ってなかった。クラス替えとか部活とか、選択科目で一緒だったらキリがない。

「――井浦!」
「え……っ!?」

 彼女に引き込まれそうになる中、突然名前を呼ばれたことに驚いて緊張が解けた。

 見ると、岸谷くんが呆れた顔をしてこちらにやってくる。彼の姿を見た吉川さんは手を離すと、小声で「また今度聞かせてね」と、いつもの優しい笑みを浮かべて校舎へ戻っていった。

 彼女を見送ると、岸谷くんが不思議そうな顔をして言う。

「悪いな、取り込み中……井浦? 顔色悪いぞ」
「えっ……な、何でもない!」

 顔を逸らして岸谷くんに言うと、彼は校舎の方に目を向けた。
 彼が来なかったら、私は息が止まっていたかもしれない。

「今の……吉川か? あいつに何かされたのか?」
「え? あ……ううん。大丈夫。それよりどうしたの?」
「いや、お前がまた他校の奴に絡まれたっていうからさ。見知った顔いるし、交渉しようかと思ったんだが……お前、またやったな?」
「あー……ははは」

 いつから見ていたのだろうか。
 せっかく説得に来てくれたのに、私――というより袴田くん――が追い返してしまったらしい。

「袴田が死んだこと、アイツらもわかってるはずなんだ。それでもアイツに勝ちたいって思う方が強い。……お前に八つ当たりしたところで、袴田が生き返るはずがないのに」

 どんなに願ったところで、死んだ人間は戻ってこない。
 それこそ誰からも求められていた人間こそ、いなくなってしまう。神様は意地悪だ。

「アイツがいたら、なんて言うかな」
「……わからないよ、本人しか」

 岸谷くんのすぐ近くで、袴田くんは俯いたまま立ち尽くしていた。
 そこにいるんだよって教えたら、きっと岸谷くんは彼に縋りついてしまう気がした。

「……そういえば、一応お前にも言っておこうと思ったんだ」

 何か思い出した岸谷くんは、私に口外しないことを前提に、ある噂を教えてくれた。

「仲間のヤツが言ってたんだ。袴田は自分から飛び出したんじゃないって」