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ふと、目が覚めた。
「ここ……は?」
目だけで周囲を見回しても人影はなく、仰向けになった視線の先のあるのはボロボロの屋根だけ。
雨の余韻も、鉛のような疲労感もない。ただ、まるで悪夢から目覚めたように体が汗ばんでいる。
「家畜小屋……いや、厩か」
背中には干し草の感触があり、腰ほどの高さに柵がある房がいくつも並んでいて、ここが古びた厩であることが想像できた。
ただ厩には馬の姿はなく、人影もない。ひどく静かだ。
「だれかに助けられ……た?」
崖から冷たい川に落ちたことまでは覚えている。
いくつもの矢傷を受けたのを覚えている。
「あ、ぐぁッッッ!」
ペタっと体に触れると、ひきつるような痛みが全身に襲いかかった。全身打撲を思わせる鈍痛と、熱を孕んだ痛みが夢ではないことを教えてくれる。
ふと厩の入口の方から足音がした。
とっさに太刀を探すが、どこを見ても見つからない。
「なにをしているのですか?」
そんな声に顔をあげると、そこに立っていたのは少女だった。
だが奇妙なことに、頭には獣の耳のような突起があり、尻尾にしか見えないものが腰からのびて左右に揺れている。それは狐の耳と尾に見えた。
(なんだ、この娘は……物の怪の類か。そういえば、白鉄山には化け狐がいるという伝承があったが)
思わず眉間にシワが集まるのを自覚すると、少女の表情に厳しいものが差す。
「残念ですが、刀をお探しなら無駄ですよ。折れてしまっていたので、こちらで廃棄させていただきました」
はっきりとした冷たい口調。
狐を思わせる大きな耳が威嚇するようにこちらに向く。
「あ……いや、不躾な態度でした。申しわけない。しかるに私は『助けてもらった』でよいのでしょうか?」
「…………大怪我をしていたあなたを助けたのは姫様です。そのまま骸になれば、みなの胃袋に収まったものを……残念です」
獣耳の少女は、恐ろしいことを口にする。
しかし、傷跡からは薬草の匂いがして、最低限の手当てをされたのだとわかる。もっとも香草で食肉の臭みを消していた可能性も、なきにしもあらずだが。
「誠にありがとうございます。世話になったようですね……あ、くっ」
立ち上がろうとして膝から崩れた。すっかり体は萎えてしまっているようだ。体はひどい空腹を訴えている。
「すみません。私はどれほど眠っていたのでしょうか。はやく主のところに戻りたいのですが」
焦燥を噛み潰し、物の怪の少女に尋ねる。
殺す気はなかったようだが、果たして答えてくれるだろうか。
「それは無駄ですよ。アナタの国は領主もろとも焼け落ちました。一族郎党は斬首にて決着……そんなことを、山をうろついていた人間たちが口々に言っていました。もう六日も前のことです」
「…………そ、んな」
ひどく喉が渇く、舌が震えてビリビリする。
なんということだ。私が必死で守ろうとしていたものは、見知らぬ土地で眠っているうちに燃え尽きてしまったらしい。
「気の毒ですが、とりあえずはまだ寝ていてください……私は姫様に報告にいってきます」
それだけ言うと少女は名前も告げずに出ていった。
「あっ……」
伸ばしかけた手が空を切り、虚しく干し草の上に落ちる。
本来の役目すら果たしていない厩には私だけが残され、崩れた屋根からは差し込む光が舞い散る埃をキラキラと反射させていた。
「……私はどうすれば」
国は滅びて主君も、仲間も、土地も失ってしまった。
きっと私は、崖から落ちたときに死んだのだろう。