電話を切った私に兄が問いかける。

「来てくれるんだな?」

「ええ…。一時間以内には来れるそうよ…」

「なかなかフットワークが軽いな。良かったじゃないか」

「でもまだ…。何も話してないのよ?聞いて課長がどんな反応をするのか…ちょっと怖い気もして…」

「綾の話を信じてくれないとでも?」

「そう、じゃないの…。なんて言っていいのか…。今まで、仕事の事ですらあまり相談して来なかったから…。ましてや今回はこんな内容だし…」

「大丈夫だ。今まで綾が何も相談して来なかったのがかえって良かったさ」

「えっ?どうして?」

「簡単な事だろ?今まで相談して来なかった綾が敢えて相談したいなんて、只事じゃないんだって。それくらいは上司でなくてもわかるって」

「面倒臭いわよね…」

「そう思うならそれなりの反応だろ。課長の反応でどう思ってるのか判断すればいいさ」

どうしたんだろう…。

兄の言う通りだとわかっているのに…

課長の反応を考えると、怖い。

もしいかにも面倒臭そうな反応が返ってきたら…

そう思うと不安で堪らなくなる。

「綾、迎え、歩いて行くんだからそろそろ出た方が いいんじゃないか?こっちからお願いしたんだから先に待ってないと。課長さんを待たせるのは失礼だろ?」

「あっ!そうね!」

兄に言われて慌ててアパートを出る。

あれからすぐに会社を出たとして…

乗り継ぎが良ければ予定より早く到着しても不思議じゃない。

急ぎ足で到着した駅には既に課長が立って辺りをキョロキョロと見回していた。

まずいわ…。

待たせてしまった…。

「課長!」

私は慌てて駆け寄った。

「上杉くん!危ないから走るな!」

課長の声に足が止まる。

課長は微笑みながら私の方に歩み寄ってきた。

「すまなかったな、わざわざ迎えに来てもらって」

「そんな!私が課長に相談したい事があると言ったんです…」

「それでも、事故の直後なんだから俺がもっと気を遣わなきゃならないのに」

「いいえ…。私がお願いしたんですから、課長は気になさらないで下さい…」

課長を促し、駅からアパートに向かって歩き始める。

そこで課長が尋ねて来た。

「それで…実家からは…出てるのか?」

「はい…。実はちょっと父と揉めまして…実家に居づらくなったものですから…」

「今はお兄さんのところなんだな」

「兄も…父と色々ありまして、家を出たんです…」

「そう、だったのか…」

「スミマセン、課長にこんな家の恥を…」

「構わんさ。どこの家庭も中に入れば色々あるもんだろう?」

「そう言って頂けると…少し気が楽になります…」

「緊張する事はないぞ?病み上がりなんだし、もっと楽に構えてくれ」

そう言われても…

さっきからずっと心臓がいつもより速く鼓動していて…

「急にはなかなか…難しいです…」

「俺は余程君を怖がらせていたと見えるな」

課長はそう言って笑った。