俺は絡みつくような桜井の視線をふりほどき、今度こそ本当にホテルを出た。

走りながら携帯を引っ張り出す。
発信するのは懐かしい綾子の番号。

トゥルル…
虚しい呼び出しの音が解除される気配が一向にない中、俺は血眼になって鳴らし続ける。
電車に飛び乗り一度電源を落としたが駅に着いた途端再び発信した。

だがやはり綾子が出てくれる気配はなかった。
仕方なく携帯をしまい、俺は駅前からタクシーに乗った。

成田…
お前のアドバイスに従えない俺を許してくれ…。

だがな、時と場合によるんだ。
今は…
俺が動かなきゃならない時だ…。

タクシーが去って俺はその家の前で立ち尽くしていた。
腕時計を確認すると既に十一時を過ぎている…。
こんな時刻に訪問するのは非常識だと重々承知している。
承知しているが…ここは常識を語っている場合ではない。

もう一度綾子の携帯に発信する。
が、やはり結果は変わらなかった。
意を決し、俺は呼び鈴を鳴らした。