ここでようやく綾子は俺の顔を見た。

無表情な綾子を久しぶりに見た気がする…。

綾子の口からどんな言葉が飛び出すのか、考えるだけでも恐ろしくて俺は唾を呑んだ。

「直人くん…」

「はい」

畏れ多過ぎて思わず敬語になった。

「私はあなたと違って慣れていないの。それはわかっているわね?」

「勿論です…」

「それなのにあなたは、いきなり初心者に向かって応用編を超えた実践を強いた。入ったばかりの新入社員が研修も受けずに契約を取りに行けと言われるのと等しいわ」

「仰る通りです…」

「物事には段階というのがあるの。過程というものがね。それをすっ飛ばしていい訳ないでしょう?」

「返す言葉もありません…」

「経験の多い者が少ない者を指導していくのに、様子見は不可欠だと思うわ」

「全く以てその通りです」

「あなたはそれを…様子を見た結果の判断だったのかしら?」

「え?…そう仰いますと?」

俺は綾子の意図する事が読み取れず、畏れ多くも聞き返してしまう。