「世間体?どうしてお母さんが働くと世間体が悪いの?」

「父の給料だけでは食べていけないと思われるのが嫌だという事だよ。資格のいる仕事や技術職ならまだしも、そうじゃなければ世間は男に甲斐性がないと受けとるんだと言ってな」

「時代錯誤ね…」

「昔は皆がそう考えていたから、あながち時代錯誤とは言えないかもしれない」

お母さんが頷きながら言う。

「今は夫婦共働きが普通になりましたけど、安曇野さんの仰る通り、昔は違ったのよ」

「…そうなの…。お父さんも…そうだったの?」

綾子がお父さんの方を見て質問した。

お父さんは難しい顔をしている。

誰もが答えを待ってお父さんに注目していた。

お父さんは茶を啜った(のち)、意を決したように俺たちを見た。

「私は…元々貧しい農家の出でね…。金には人一倍執着が強かった…。家業の農家を継ぐのが絶対に嫌だったから、我武者羅に勉学に勤しんだ…。だが教授になれなくては給料も上がらない。何が何でも教授になってやると…意気込んでいた。お母さんと結婚したのも打算がなかったかといえば嘘になるが…。それだけではない。初めてお母さんを見た時…ほとんど一目惚れだった…。勉強しかしてこなかった私が、お母さんと出会って…初めて女性を意識したんだ…」

「そんなお話…初めて聞きます…」

お母さんは驚いていながらも冷静に話す。