「いいえ。やめないわ。だって理不尽極まりないもの。直人さんは営業一課の課長として実績をあげてるわ。四つの営業課で、しかも最近伸び悩んでいるビールで、かなりの成績を誇ってるの。そんな事も知らないのに適当な事を言わないで!」

「たかがビールを売るくらいの事で何をそんなに熱くなってる。ホテイは大企業だ。ネームバリューや宣伝さえしていれば胡坐をかいていても売れるだろう」

「違うわ!最近ではいくら宣伝しても消費者の嗜好は移り変わるの!単価の高いビールよりも安価なお酒に流れているのよ!それを…必死に取り戻す為に私たちは毎日血反吐を吐くような努力をしてるの!」

「女の身でそこまでする事はあるまい。情けない…仕事を生き甲斐にするだなどと…」

俺は二人のやりとりを黙って聞いていたが。
やはり綾子を侮るような言葉だけは許せない…。

「お父さん…お言葉ですが…。綾子さんは誠実に仕事を遂行してくれています。前任の失態で離れてしまった顧客が…綾子さんに担当してもらってから複数戻って来てくれました。新しい顧客の開拓にも熱心です。長年会社で営業に携わってまいりましたが…綾子さんのような人材は稀です。会社にとっても必要不可欠なんです」

「ほぅ…じゃあ、なんですか?あなたは結婚しても綾子に仕事を続けさせるおつもりか?」

「彼女が望むなら」

「では子供の事はどうお考えかな?仕事と育児を両立する事は難しい。だが娘の年齢を考えるとそうそう待ってもいられないのでは?」

「それも…彼女の希望を最大限考慮したいと思っています…」

「さきほどから聞いているとあなたは全て娘の希望と言っているが、それは単に自分の意見がないからなのでは?綾子に任せておけば自分が楽だからではないのか?」