「つまり…まだ深い関係にはなってない、と」

いきなりそこを突いて来る彼に戸惑う。
だが俺は平静さを装って彼の言葉を肯定した。

「まぁ…、そうかな…」

正確に言えばキスはした。

でもあれは不意打ちで、しかも彼女の方からで…
あれは正直にカミングアウトしなくてもいいだろう。
それにあの事は俺にとって突然の甘い出来事で、彼女との最後の思い出になるかもしれない。

そんな大切な事をいくら伊藤くんにでも知られるのは嫌だった。

だが彼は俺がまだ彼女とその程度の関係しか結んでいないのを訝しんでいるようだった。

だから俺はこのくらいの年になると結婚前提じゃなければ交際出来ないと言った。
彼はその事に驚いている。
俺の事をお堅いとまで言って…。

そう言われても実際に俺は彼女の事を適当な遊び相手だなどとは露ほども思っていない。
付き合うなら絶対に結婚前提だ。
これだけは譲れない。

でもだからこそ、結婚を視野に入れているからこそ、俺の悩みが顕著になるのだ。

結婚を考えているからこそ、年齢という障壁が俄然力を持ってしまう。

伊藤くんは俺がこんなに悩んでいるというのに、その悩みの根本である彼女の名前を出してしまった。

一回り年下なら上杉さんと同い年ですね、と…

俺にとって今彼女の名前は禁句以外の何物でもない。
図星過ぎて今度は飲みかけの水を漏らしてしまった…。

おしぼりで必死にテーブルを拭いていると、伊藤くんが俺の最後の砦を崩すような言葉を放った。