拗れてしまった俺たちの事など知る由もない伊藤くんが、何の気なしに俺に言った。

「けど課長はすごく強いらしいですね、上杉さんから聞きました」

ドン!

思わず急ブレーキをかけてしまった…。

今まさに俺の頭の中で思い描いていた彼女の名前を伊藤くんから聞いて、動揺したのだ。

「課長!どうしたんですかっ!?」

「…悪い…」

「俺…なんか変な事言いました?」

「いや…君は悪くない…。気にしないでくれ…」

そう言ってはみたものの、隣にいる彼から疑いを含んだ視線を嫌というほど感じる…。

まだ冷静さを取り戻していない俺に伊藤くんは更なる質問を投げかけてきた。

「それでですね。課長に聞いとこうと思ったんですよ、ケンカの術を」

頼むからこれ以上その話を広げないで欲しい。

だから俺はその話はやめようと彼に言った。

不思議そうにしている彼に年甲斐もなくやりすぎて反省していると説明するが、全く持って腑に落ちていない様子だった。

それもその筈。

仕事の時に迷ったり悩んだりする姿を部下に見せた事などない俺が、事もあろうに動揺しているのだから。