だが、心を鬼にして彼女を伊藤くんに託し、なるべく彼女との接触を避けた筈なのに…

無理をして意識しないようにしていると、返って意識せざるを得ないシチュエーションに立たされる事が起こってしまう。

この日もそうだった。

落合と売場責任者、更には店長にまでも釘を刺し、退勤時刻よりも随分遅くなったが俺は一度会社に戻った。

営業車を社の駐車場に止めた俺は今日一日の出来事を反芻し、彼女を守れた事を除いては相当疲れ切っていた。

それは体の疲労よりも精神的な疲労の方が濃かったかもしれない。

彼女を落合から守り抜いた充足感だけでは足らず、深層心理で彼女を求めている己の浅ましさに気付いてしまったからなのか…。

ネクタイを緩めてワイシャツの第一ボタンを外す。
上着を脱いで片手で肩に担ぐ。

そうする事で体は少しだけ楽になった。
だが、重苦しい心は変えられなかった。

いつもの革靴がやけに重く感じる。
歩く事すらも億劫になりそうだ…。

一度立ち止まり目を閉じて深呼吸する。
深く息を吐いて目を開くと、同じ歩道の向こうに彼女がいた。

こんな時間まで残ってたのか…?

もっと早い時間に帰ったとばかり思っていたのに…

伊藤くんは何時に戻ったんだ?

項垂れて歩く彼女が俺に気付いたのか否かわからなかったが、俺は彼女に声を掛けた。

彼女の方も俺の姿を見て驚きの表情を見せる。

俺に気付いている筈なのに、彼女は気付かない振りで通り過ぎようとした。

そのままそうさせてやればいいものを俺の中にある醜い独占欲がそうはさせてくれなかった。

俺は彼女を呼び止め、あろうことか彼女に家まで送ると言ってしまった…。

何故そんな事を口走ってしまったのか…。