子供の頃から慣れ親しんでいる体術でヤツの急所からほんの少しずれた所を突かなければ、彼女は間違いなくヤツの餌食になっていた。

俺に倒された後もヤツは蹲りながら、何やら訳のわからない事をブツブツと、まるで経か呪文のように唱えていた。

その様子はまるで、アイツ自身が作り上げたディストピアの中にいるかのようだった。

彼女を守り切った事に自信を持った俺は、そのままの勢いで彼女の気持ちに応えてしまいそうになった。

だけど、それはしちゃいけない。

身を引き裂かれるような思いで俺は彼女を部下の伊藤くんに託した。

彼女と二人きりになってしまったら…

己を律する自信がなかった。

だからそうならない為に、無理やり俺自身を彼女から引き離したのだ。

そんな俺の弱い心のせいで伊藤くんを利用してしまった事は悔やまれるが、俺にとっては伊藤くんが救世主だった。

彼なら彼女を任せても安心だと思った。

特別な感情を抱いてはいないし、何より彼には大切な彼女がいる。

彼女を裏切るような男では、決してないからだ。