「…?違う?違うって…何が…?」

「だから…課長の気持ちだよ。綾が言ってるような理由なんかじゃないと思う」

「どういう事?」

「お前の事を子供だと思って端から相手にしていないんじゃない。あの人は…お前を大切に思ってるんだと思う…」

「お兄さん…一体何を根拠にそんな事…?」

「はっきりした根拠なんてない…。ただなんていうか、簡単にお前の気持ちを受け入れていいのか、迷ってるんだと思う…」

「何を迷うっていうの?好きじゃないから何も答えてくれないのでしょう?」

「好きじゃないなら…やんわりとでもそう言ったと思うんだ…。兄である俺が言うのもなんだけど…お前は聡い子だ。はっきり言われなくても…意図を汲める筈だ。なのに断りの言葉は一度だって出ていない」

「あっ…」

兄に言われるまでもなく、私自身がその事に気付いていた。
気付いていたけれど、はっきり拒絶しないのが課長の優しさかもしれないと無理矢理自分を納得させて。
それに堪えられそうになかったから自分から課長の元を去る決意をした。

それは…間違いだったの…?
諦めなくても、良かったの?

私の心の疑問に対する答えを、兄は告げた。
とても…力強く…。

「諦めるな。綾。きっと課長も…お前の事思ってる。だから…ずっと好きでいろ」

兄の言う通りならばまさに天にも昇る心地だけれど…

「お兄さん…。でも…でも私が気持ちを押し付けて課長を困らせたくないの…。私が答えを迫った時、とても苦悶に歪んだ顔で…」

「うん。だからそれはまだ課長の中の迷いが拭い去れていないからだ。綾はこれから過度なアプローチは控えて、自分からは決して動くな。これは簡単そうに思うかもしれないけど、意外と難しい。お前にそれが出来るか?」

「自信はないわ…。私にそんな駆け引きみたいな事が出来るかしら…」

「やってみるしかない。課長が本当は綾の事が好きなら…きっと焦る。今までの綾と違う姿に、課長は戸惑う筈だ」

「どのくらい…そういう態度でいればいいの?」

「それは俺にもわからん。けどな、綾。焦らして課長に考えさせなきゃダメなんだ。自分の気持ちに真っ直ぐ向き合わせなきゃ」

「かなりの長期戦を覚悟しなければダメなのね?」

「当然だろ?課長の年齢と立場を考慮すれば。突っ走れるのは若い時だけさ」

「そう…よね…」

「綾。お前も本気で課長を好きなら待てる筈だ。それが出来ないなら、元々大して好きじゃねぇんだよ」

「そんな…、そんな事ないわ!待てるわよ!いつまでだって…」

「だったらもう迷うな。自分を、そして課長を信じろ」

兄はそう言って、大きな掌で私の頭を優しく撫でてくれた…。