自虐的な思考に取り憑かれた私はふと思う。

あの人と出会った事は私を苦しめただけなのか…。

こんな苦しい想いをするために、私は大好きだった人事部を出ていかなければいけなかったのか…?
慣れない営業で日々奮闘して来たのか…?

いえ…違う。
そうじゃない。
耐え難い苦しみを遥かに超える程の…
喜びも間違いなく、あった。

未だかつて一度も経験した事のない、人を愛する事の喜びを…
あなたに教えてもらった…。

それだけでも私の人生はきっと今までとは違う、鮮やかな色彩を纏っている筈。
だからあなたを好きになった事は間違いじゃない。
寧ろそんな自分を誇りに思う。

帰宅してドアを開けると、私の顔を見た兄が心配して声を荒げる。

「綾っ!!どうしたんだ、お前その顔は!?」

え?
私の顔が…どうしたっていうの?

「泣いてたのか?顔が…グシャグシャになってるぞ?」

あ… 

そういえば…タクシーの中でもずっと涙が止まらなかったから…。
止めようと思えば思うほど、後から後から湧いて出てくる泉のように。

でもこの涙は決して悲しいだけの涙ではなくて。
本当の愛を知った喜びの涙でもあると、今は思える。

「お兄さん…心配かけてごめんなさい。何でもないの…大丈夫よ」

「大丈夫って顔じゃない!何があった、綾?」

「お兄さん…」