「君が逃げないと約束するならおろしてやる」

「逃げません!逃げないから…おろして…」

課長はゆっくりと私をおろした。

「じゃあメシ行くぞ」

だから、どうしてそう…

わかったわよ…。
どこまでも惨めなかわいそうな女に成り下がれば、あなたは納得するのね。
あなたの自己満足とやらに付き合ってあげるわよ!

「何か食べたいものはあるか?」

「特にありません」

「じゃあ俺の行きつけにするか」

「はい…」

課長が連れて来てくれたのは会社から程近いワインバー。
こんなオシャレなお店、誰と来たのかしら…。

「ワインは大丈夫か?」

「はい。大好きです」

「そうか。じゃあ俺のセレクトは正解か」

お店の事なんてどうでもいい。
そんな事で誤魔化そうとしても無駄よ。

私はやっぱり曖昧なままでいるのが大嫌いなの。
だからあなたの真意を聞きたいの。

「課長はどうして私をお食事に誘ったんですか?」

私の直球質問に、課長はため息をつく。

「…上杉くん…、君はなんでも単刀直入だなぁ」

「いけませんか?」

あなたがはっきりしないから、私が直球で勝負するしかないんじゃないの。

あなたは牽制球ばかり投げてくれるけれど、私はそんな事で臆病に盗塁を諦めたりはしないから!

「…いや、いけなくは、ないが…」

「可愛げはないですよね」

課長は再び今度はさっきよりも盛大なため息をついた。

そうよね。誰だってこんな女は嫌に決まってるわ。

「今日は…あんな事があったから…、少し気分転換した方がいいんじゃないかと思ってな…」

え…?
課長なりに心配してくれたの?

「お心遣い感謝します」

「……」

そこから会話が続かない。
ワインも料理も課長にお任せした。

課長がセレクトしたのはほんのり甘いロゼのスパークリング。

ゆっくりと上に上がる気泡がまるで私の心をあらわしているような気がする。
上がっては消え、また上がっては消えるを繰り返す大小様々な泡。

それはまるで、私のあなたへの思いのよう。
込み上げては消え、また込み上げては消えてゆく…。

本当は消えてなどいない。
でも、あなたの一挙手一投足に。
その表情に、言葉に。

私の感情は乱され、激しく動揺する。

時に苦しくて悲しく。
時に嬉しくて楽しく。

私の感情の全てが、あなたの存在によって操られているかのように…