上司の品格

「送って行く」

「えっ?」

「こんな時間に女性を一人で帰せるか」

「でも…まだ八時過ぎたばっかりですから…」

「まだ、じゃなくてもう、八時を過ぎている」

「こんなのまだ早い方です。人事にいた頃はもっと遅くなっても一人で帰ってましたし…」

「じゃあメシ食いに行こう」

「は?」

「まだだろ、メシ?」

まだだけれど。

でも何故?
かわいそうだから?
自分が振った女に対する情け?

惨めなものね…。

あなたを好きだって言った女は放っておけない?
そんなの、優しさなんかじゃないわ。
ただの自己満足でしょう?

「上杉くん」

その手には乗るものですか。
憐れみの為の誘いなら…いらないわ。

「ほんとに大丈夫です…、お気遣いなく」

そう言って再び課長に背を向けるとポツリと一言呟く声が届いた。

「頑固者」

なんですって…?
頑固者?それは私の事?

…それは…あなたの方でしょ?

私は素直に自分の気持ちを白状したの。
それなのにあなたときたらはっきり拒絶するでもなく、かといって受け入れるでもなく。
拒絶されなかったからと言ってまだ期待を抱き続ける程、私はおめでたくなんかないの。

そんなあなたから頑固者呼ばわりされる筋合いはないわ!

そう思って振り向きそうになる。

でもダメよ。
振り向いてしまったら…

それこそ固く誓った決意が揺らいでしまうじゃないの。
今度こそ聞こえない振りよ。

歩幅を大きくして一歩前進。
しようとしたらいきなり担ぎ上げられた。

「キャーッ!!」

どうして…今、ここで…
お姫様抱っこなの…?
誰もいないとはいえ、こんな公共の場所で…

私は慌てて課長に抗議した。

「か、課長!ふざけないで下さいっ!おろして下さい!」

「ダメだ」

は? 拒否する意味がわからない!

「な…何故ですか!?」

「逃げる気だろ?」

当たり前じゃないの!こんな所で恥ずかし過ぎるもの!

「い、いけませんか?」

「ダメだな」

ちょっと…どういう事?
こんなに恥ずかしい上に…
私、結構上背あるから重いっていうのに…