何も言う気のなさそうな伊藤さんに成り代わり、私が発言する。

課長の申し出を丁重ではあるが、毅然とお断わりした。

理由は…

田辺さんが伊藤さんの彼女だから。

ではなく、伊藤さんが信用を取り戻した顧客だからと言った。

課長は私が担当したとしても良好な関係は保てると言ったが、そうではない。

そういう問題ではないの。

これは私が、これから営業を続けていく上で重要な問題を孕んでいるの。

もし今、課長に言われるがまま担当を替わったとする。

でも再びあの熊のような男が出て来たとしたらどうだろう?

その時も私が担当を外れるの?

そしてそんな事を度々繰り返すの?

それで一人前に仕事をしていると言えるの?

いいえ、そうじゃないわ。

それは一人前とは言わない。

私は課長に宣言した。

「ここで負けてしまっては、所詮女に営業は無理だと上層部に思わせる事になります。それでは今後うちの会社で女性の立場は向上しません。私が先陣を切って戦わなくてはならないと思います」

課長は自分にも責任があるから危険とわかっていて見過ごせないと言った。

「なら課長が共担して下さい」

「え?」

何を驚いているの?私を守ると言ったのは、あなたでしょう?

「俺が?」

だからあなた以上の適任がどこにいるっていうの?

何より…私があなたじゃなきゃ嫌なの。

私は続けた。

「そうです。課長と一緒なら、担当者もおいそれと私には近寄れませんよね」

「おいおい、俺は用心棒か?」

そうよ。だったらどうだっていうの?

でもそのままを口に出す訳には行かない。