課長はまず、伊藤さんの顧客の中に女性の担当者がいると言った。

そしてその顧客を伊藤さんから私に変更してはどうかと提案して来た。

女性の担当者といえば…確か…

伊藤さんの顧客を全て知り尽くしている訳ではないけれど、パッと頭に浮かんだのはロイヤルの田辺さん…。

以前伊藤さんが風邪をひいて欠勤した事があり、私がピンチヒッターを引き受けた。

その時にロイヤルにもお邪魔し、担当の田辺さんと話をした。

でも田辺さんは…

きっと伊藤さんの彼女だ。

恋愛経験ゼロの私でもすぐにわかった。

私が訪問した時、伊藤さんの欠勤の理由を聞いた田辺さんはそれこそ挙動不審だった。

主任である彼女の立場からは考えられないような初歩的なミスを繰り返し、私も驚いたのだった。

あの時二人が既に交際していたかどうかはわからない。
でもその後の伊藤さんを見ていればなんとなくわかってしまったの。

その彼女のいるロイヤルを…

いくら仕方のない理由からとはいえ、担当が代わる事を伊藤さんは承諾したのだろうか?

課長の口から聞くまでもなく、私からその店はロイヤルかと尋ねた。

すると課長は伊藤さんに確認した。

伊藤さんを盗み見ると…

わかりやすい彼はやはりわかりやすく困惑していた。

ほんとにもう…

なんで課長にハッキリと拒絶を示さないの?

まったく世話が焼けるんだから!

自分の譲れないものは、相手が誰であろうがはっきり意思表示しなきゃ伝わらないじゃないの!

課長命令だから、私が怖い思いをしたから、あなたが担当を譲ろうとする理由はわからなくもないけれど、あなたのその優しさは時にあなた自身に刃を向ける事もあるのよ?

その事をわかっているの?