結局課長の本心を確かめる事が出来ないまま、私は課長宅を辞する。

「課長。本当に一人で帰れます」

一緒にいたら辛くなるから苦渋の選択をしているというのに…

鈍感なのか、上司としての責任感なのか、課長は送ると言って聞かなかった。

「バカ言うな。君を一人で帰したりしたら、前言撤回した事になるだろう。お兄さんにも顔向け出来ない」

「前言って…」

「君を守る。お兄さんにも約束しただろう?忘れたか?」

忘れる訳ないじゃない!

あなたのあの一言で落ちたようなものなのに!

あの嬉しい言葉をあなたの口から再び聞けるなんて…至上の喜びだわ!

「という事でやはり送って行く。文句言うなよ?」

「はい…」

課長はそう言ってタクシーを呼んでくれた。

車の中では仕事の話に終始した。

兄のアパートに着くと課長も一旦降りてくれる。

「遅くなってしまってお兄さんが心配してるだろうな。申し訳なかった」

「いえ…私がお願いしたのですから課長は悪くありません」

「明日は…休んで明後日から通常勤務に戻るで、本当にいいのか?」

「勿論です」

ほんとは明日一日だけでもあなたに会えないのが辛いのだけれど。


「わかった。今後の事は熟考しておく。明後日には方針を決めておくから」

「宜しくお願い致します」

「じゃあな、明後日会社で待ってる」

右手を軽く挙げて微笑む課長に愛しさが込み上げた。

ああ… 好きだわ…。

もう自分ではどうする事も出来ないないほどに…

目頭が熱くなったのを悟られまいと無表情になる。

課長を乗せたタクシーが粒状に小さくなってようやく、私は涙を流す事が出来た…。