触る手を止め、急に鋭い目つきで社長を睨んでいる。

「婚約者なんて戯言、私が信じると思うか?この女は自分で”掃除屋”だと言ったんだ。それにもし仮に婚約をしているのであれば、他の男の元に生身で来るはずがないだろ」
「それは貴方様が彼女を何かしらの弱みで脅したからでしょう。婚約は公にはしていないので、嘘をついてまで命令に従うしかなかったんです」

 互角に言い合っているように思えたがイトカ自身、婚約なんて話は初耳。それが苦し紛れの咄嗟の嘘である事はすぐにわかった。

「人のモノに手を出すという道理に反した行為は自身の地位を下げるはず。資産家で大富豪の貴方様なら間違いなくしないと、私は存じております」
「それは……」

 負け戦のようだったが社長のこの発言にはさすがの金我も反論せず、最終的には『気分が悪いから部屋に戻らせてもらう』と呆気なくバーを後にしていった―――

 まわりで傍観していた金持ち達は白けて帰る者もいれば、何事もなかったように会話を続ける者もいた。