玉川上水には雨が降りしきっていて、水面に丸い円が消えては消え、消えては消えて、僕たちの古めかしい服装を隠してくれている様に思える。おまけに僕は女装しているのだ。

「太宰さん、僕は家に帰ります。でも今が僕がタイプスリップしてからどれ位時間が経ったのか解らないな。同じ日にちだったら良いのだけど」
「君は無謀だね。そのあたりに歩いている人に今日の日付を聞いてみれば良いだろう」
道には色とりどりの傘をさした人が歩いている。
「それもそうですね」
僕は言われた通り、赤い傘の女性に今日の日付を聞いてみた。
「6月15日ですよ」
それなら、僕が車に撥ねられた日と一緒だ。
「令和ですか?」
「令和2年です」
良かった。同じ日だ。もとに戻れたんだ。
「太宰さん、僕がタイプスリップした日です。さっきも言った通り僕は家に帰りますよ。太宰さんも僕の家に来てくださいよ」
「それでは君の家族が驚いてしまうよ」
太宰治が僕に背を向ける。

きっと僕の事を心配して強がりを言ってくれているんだ。心配なんかいらないのに。

「大丈夫ですよ。家の親は僕の事なんかに関心がないんだ」
僕は以前太宰治と性善説の話をした事を思い出した。

「それは悪だ」

その意見には僕も否めない。