本当はもう少し残っていた。川越の町を二人で浴衣を着て歩いたり、彼に扇子を買ってもらったお礼に鈴のストラップをプレゼントしたり。国立にあるお気に入りの喫茶店に連れていってもらったり、彼と肩を寄せ合ってスマートフォンの小さな画面で映画を観たり…短い時間の中で思いつく限りのことをしたけれど、今では殆ど覚えていない。
「……」
グレーのマフラーに首を埋めた彼が、最寄り駅のホームで立ち尽くしている。思いつめた表情で瞳を潤ませている女の子を前にして、苦しそうに息をついて、相手を労るような眼差しで見つめて…そして、ショートヘアの彼女が最後に白い息を吐いたところでおもむろに口を開く。
「……」
もういいんだよ。あんなに泣いて、泣いて、心が壊れてしまうくらい苦しんだんだから。やっと顔を上げて歩けるようになったんだから、この辺で付き合っちゃえば?と思うのだが、私の意に反して、またもテンドウは、ごめん、と頭を下げた。立ちすくむ相手にもう一言、ありがとう、と告げて、ホームに滑りこんできた黄色い電車に乗り込んだ。
これで三人目。相変わらず伝説を作りつづけている没落王朝貴族の振舞を、私は上空三メートルの位置からがっかりしたような嬉しいような複雑な気持ちで眺めている。自分が唯一愛した男の子が、思っていた以上に格好良く、魅力的な男性になっていると知って、今更ながらうっとりと見つめている。
私って、なかなか見る目があるじゃない…。
そんなふざけたことを考えながら、吊革に掴まって、国分寺ゆきの黄色い電車に揺られている大きな体に呼び掛けた。
「テンドウ…きっと、これからもたくさんの女の子と関わっていくんだろう。そこに私がいないのは寂しいけど…いつのまにかとてもいい顔になっている。その理由がどうか私であってほしい。きみの中にほんの少しだけ私が残っていたら、とても嬉しい。これから先の人生を歩んでいくのを、ここからそっと見ているよ…」
すると、リュックサックに付けた鈴のストラップが揺れて、振り返った彼が、少年みたいなあどけない表情で口を開いた。
「……」
リン…こんな状況で自分に都合のいい声を拾っている。
私は、とても我儘な性格らしい。
「……」
グレーのマフラーに首を埋めた彼が、最寄り駅のホームで立ち尽くしている。思いつめた表情で瞳を潤ませている女の子を前にして、苦しそうに息をついて、相手を労るような眼差しで見つめて…そして、ショートヘアの彼女が最後に白い息を吐いたところでおもむろに口を開く。
「……」
もういいんだよ。あんなに泣いて、泣いて、心が壊れてしまうくらい苦しんだんだから。やっと顔を上げて歩けるようになったんだから、この辺で付き合っちゃえば?と思うのだが、私の意に反して、またもテンドウは、ごめん、と頭を下げた。立ちすくむ相手にもう一言、ありがとう、と告げて、ホームに滑りこんできた黄色い電車に乗り込んだ。
これで三人目。相変わらず伝説を作りつづけている没落王朝貴族の振舞を、私は上空三メートルの位置からがっかりしたような嬉しいような複雑な気持ちで眺めている。自分が唯一愛した男の子が、思っていた以上に格好良く、魅力的な男性になっていると知って、今更ながらうっとりと見つめている。
私って、なかなか見る目があるじゃない…。
そんなふざけたことを考えながら、吊革に掴まって、国分寺ゆきの黄色い電車に揺られている大きな体に呼び掛けた。
「テンドウ…きっと、これからもたくさんの女の子と関わっていくんだろう。そこに私がいないのは寂しいけど…いつのまにかとてもいい顔になっている。その理由がどうか私であってほしい。きみの中にほんの少しだけ私が残っていたら、とても嬉しい。これから先の人生を歩んでいくのを、ここからそっと見ているよ…」
すると、リュックサックに付けた鈴のストラップが揺れて、振り返った彼が、少年みたいなあどけない表情で口を開いた。
「……」
リン…こんな状況で自分に都合のいい声を拾っている。
私は、とても我儘な性格らしい。