何度も彼と歩いた道だった。春の薄曇りの夕方とか、夏の眩しい陽光が降り注ぐ朝とか。

用水路を渡り、商店街の団子屋の角を曲がって、ホームズパンの店先を過ぎて…。

彼と一度も恋人関係になったことがない私は、学校の中庭から見送ることの方が多かったが。それでも、図書委員の帰りや学園祭のイベント準備で何度も肩を並べた。

 この日も、何枚もの落ち葉が舞っている乾いた空を見上げながら、手を伸ばせば触れる所にいるのに、決して掴むことができない天道翔の横顔を眺めていた。これまでと何も変わらない二人の距離、これからも同じだろう関係。その事実を突きつけられた私は、しっかりしろ、ここで言わないと駄目だ、と自分に喝を入れて口を開いた。

「最近、大勢の子から励まされたり、慰められたりしていると思うけど…」

「…何?」

「それでも、つらいことがたくさんあって、テンドウの気持ちが押しつぶされそうなら、覚えておいて」

 振り返って、ポカンと口を開けて私を見つめてくる。不意を突かれた顔に向かってようやく言った。

「どんなことがあっても、きみを放っておかない。私にとってとても大切な人だから。彼女でも親友でもないけど、絶対に失いたくない…そばにいてほしい人だから」

「……」

「だから、力になれることがあったら言って。話したくなったらいつでも声を掛けて…」

 丁度、駅に折れるドラッグストアの角でテンドウは立ち止まった。適当に聞き流すことができない、と思ってくれたのか、私の姿を瞳に映し、真っすぐに見つめて言った。

「うん…ありがとう」

 下校時間、周辺に私立中学・高校が六つある私鉄のジャンクション駅に続く信号の角…。

こんなややこしい場所に立ち止まった二人の横を、様々な制服たちがひっきりなしに通り過ぎていく。もちろん私たちと同じ制服も。中には彼の顔を知っている子もいて、一緒にいる私のことを興味津々の眼差しで覗いていく。

 普段なら恥ずかしくて、一秒たりとも耐えられないシチュエーションだったが、続いて投げかけられた言葉を私は一心に聞いていた。

「でも…全部自分で仕出かしたことだから、ちゃんと償わないと。俺のせいで、彼女に大変な傷を負わせて、学校に戻るのもままならない状況に追い込んでしまったんだ」

「そんなふうに一人で背負うことないよ。二人で付き合っていたんだから…」

「俺は、元々こういう人間なんだ。親から与えられただけで、自分で何一つ手にしていない。スカスカのカラッポだから、こんなことになっている」

 やっぱり、学校中がゆずを非難していることに胸を痛めている。自分のことなど放って、相手のことばかり心配している。

彼らしい、そう思うほどいたたまれない気持ちになり、首を振った。

「ちがう。テンドウは…」

 そう言いかけた私を、ふっと息を吐いた声が遮った。

「あの時、みんなで見に来てたな」

「え?」

「お父さん、お婆さん、琴ちゃん。家族みんなで」

「…うん」

「嬉しそうにしていたね。リンの晴れ姿を見て、涙を浮かべて喜んでいた」

 どうやら学園祭の発表会のことを言っているらしい。じっと遠くを望んでいる、神秘的に澄んだ瞳を見上げながら、聞かれるままに答えていた。

「うん…もう学校に行けないと思っていた私が普通に高校生活を送っているのを見たから、感動しちゃったみたい。貴方がここにいてくれるだけで嬉しい、生きていてくれてありがとうって言ってくれた。それを聞いて、とても救われた気持ちになった。学校に行けるようになって、本当によかったって思ったんだ」

 図書委員のイベントで、家族に心から祝福されたことをテンドウに話した。とてもたくさんの出来事があった、忘れられない一日のことを。

そうした日々がもうすぐ消えてしまう、どれだけ貴重なものだったかを知って、また胸が締め付けられた。

「そうか、よかったな。ちゃんと見てくれる家族がいて…」

 くしゅん、と鼻をすすると、テンドウは寒々しい空を見上げた。今にも泣崩れてしまいそうな儚い笑みを浮かべながら。

 そこに、これまで霧に隠れて見えなかったテンドウの素顔があった。私の家族が揃って見に来ていた学園祭に、彼の家族は一人も来てなかった…自分は期待されていない、とうに諦められている、と知っている彼の姿が。

 テンドウ…木枯らしに吹かれているその頬に手を伸ばして、包んであげたかった。冷たい体を抱きしめて温めてあげたい。

そんな想いに強く駆られながら、いつまでも彼を見上げていた。