「じゃあ、お先」

 その日もテンドウは、図書委員の仕事が終わるなり、跳ねるような足取りで図書室を飛び出した。

 私も、彼に負けない張りのある声で、

「お疲れ。また明日」

 と言って、里中ゆずが待つD組に向かう大きな背中を送り出す。その後ろ姿が廊下に消えた途端、へなへなと受付カウンターに崩れ落ちてしまった。

「……」

 最近、体が重たい。教室や図書室でちょっと頑張っただけで息が切れてしまう。

ただでさえそんな有様なのに、クリスマスイベント用の飾りつけをした今日は、面倒くさがりのテンドウの尻を叩きながらずっと立ち仕事をやったから、学校を出て、電車に乗って、川越の家まで辿り着けるか、とても不安だった。

 多分、色々なことが立て込んだからだろう。学園祭から始まって、体育祭、中間テスト、芸術鑑賞会、高校生の二学期はイベントだらけだ。久しぶりに学校生活に戻って疲れが溜まっていた、というのもある。きっとそうだ。一人前に高校生をやったからに違いない。

 そう思ってみたけれど…心の中では、そんな軽い話じゃない。体の中で眠っていた悪い虫が目を覚まし、それを知らせようとあちこちから信号が上がったんだ、冷や汗を掻きながらそう思っていた。

 何者かが私に迫ってくる。目に見えないけれど、よく知っている奴が…。

 ともかく家に帰らなければ、そう考えた私は、部活に出ている妹にメールし、学校から一緒に帰ってもらうことにした。

 姉の事情を知っている琴は、このSOSサインに早速応答し、部活を途中で切り上げて玄関で待っていた私の元に駆けつけてくれた。そして、最寄り駅までの道すがら、神妙な面持ちで付き添ってくれたが、黄色い電車に乗った途端、思いがけないことを口にした。

「天道くんは…スズ姉を置いて帰ったの?」

「そうだよ。彼女が待っているのに、悪いじゃない」

「ふうん。C組の竹下まゆとねぇ…」

「…え?」

「まぁ、付き合い始めたばかりだから仕方ないか」

 またもや、姉が初耳の話を事もなげに口にする。

 一体、何処から仕入れた情報だろう。何故いつも、私より先に知っているのか。そんなことを考える間もなく、隣に座ったブレザーの袖を引っ張った。

「いつから?何が起こってそうなったの?」

「先週からかな?もちろん、まゆの方から付き合ってほしいって言って、天道くんがOKしたからじゃない?」

「本当に?」

「毎日、手を繋いで帰ってる。駅のホームでくっついているのを見たっていう子もいるし…前から思っていたけど。何で、いつも一緒にいるのに知らないの?」

「…うん」

 逆に聞かれて、首にぐるぐる巻きにしたマフラーに顔を埋めた。

 どうせ私は、その手の情報に疎い。そもそも、そうした対象として見られてないから、テンドウから何の報告もない。

 でも、そうだとしても一つだけ、胸に引っかかることがあって、話を飲み込むことができなかった。

「じゃあ、前の彼女は?里中ゆずは、どうなった?」

「もちろん、さよならしたでしょう?二股掛ける訳にいかないし」

「そうだよね…そうだよね」

 何の疑問を挟む余地もない。だが…まぁ、いつものことでしょ、と後頭部を窓ガラスにくっつけてケラケラと笑う琴のように聞き流せない。形のない何かが、そこに落ちている気がして。