森村奏さんと村井千沙さんは、それから作り手と観客の立場で去年の舞台を振り返り、裏話や観客の反応を教え合ってあっという間に打ち解けた。来週から始まる高校の演劇部に二人で入部すると決めて、瞬く間に友達になっていた。

 冷静に見たら、正反対の性格だ。 誰に対しても態度が変わらない、裏表のない性格の森村さんと気を許した相手でないとロクに口が聞けない村井さん。そんな二人が、同じものに夢中になって繋がる。奏さんの演技には哀愁が漂っている、千沙ちゃん可愛いからヒロインやりなよ、知らなかった自分の魅力を教えてもらって、新しい扉を開けていく。

 あぁ、友達ってこういう風にできていくんだ。新しい学校に行って、知らない人ばかりでもちゃんと結びついていく。

 こういうことを忘れていた、と二人の姿を見守っていた私は感心した。自分が、学校という場所に戻ってきていることを知った。できることなら、こんな繋がりに私も入りたい、と心の中で思っていた。

「ありがとう…」

 村井さんの小さな声が聞こえたのは、そんな時だった。

「…え?」

「私に気づいてくれて。奏さんに伝えてくれて」

「え…?」

 どうして私にお礼を言うのか、分からなかった。興奮のあまり見当違いのことを言っているのか、と恥ずかしそうに見つめてくるクリクリの瞳を覗いてしまった。

でも…村井さんの声はとても小さかった。教室中が騒いでいたら聞き逃してしまうくらい弱く、儚いものだったけれど、そこにどんな気持ちが込められているか、どういう訳か私には分かった。

 彼女にとって、森村さんに声を掛けて学園祭の話をするのは、高校入学後の一大イベントだった。この瞬間のためにこの学校を選んだ、と言ってもいいくらいだから、お目当ての相手と打ち解けて、一緒に演劇部に入る約束までできたのは、神様からとびきりのプレゼントをもらったくらいの喜びだったに違いない。

そんな出来事の橋渡しをした私の些細な行動、村井さんの声を拾って森村さんの背中を突くという取るに足らない気遣いが、何よりも嬉しかった。内気で恥ずかしがり屋の心が、どうしても伝えたかったのだろう。

 そう思うと、こちらまで、ぽぅっと胸が熱くなってくるから不思議だ。

「私も…二人が友達になるのが見られてよかった」

 そうして村井さんと同じ色の笑みを浮かべて見つめ合っていると、黙っていられないとばかりに森村さんが割り込んできた。

「何盛り上がっているの?私も中に入れなさい」

「だめだめ。今、二人で愛を温めているんだから」

「…これは、嫉妬に狂った友達が二人の仲を引き裂くために意地悪なことをしまくっていく展開だ」

「本当に?じゃあ、この後、二人はどうなるの?」

「私からあらぬことを吹き込まれて、相手のことを誤解して、ついには破局するの。悲劇の幕開けだよ」

「どうしよう。森村さんがきたら気を付けなきゃ」

「注意しても無駄だよ。私は、巧妙な手口できみたちの中に入っていくから…」

 そうして、三人でいつまでも、どうでもいいやり取りをしていった。現実の出来事を演劇やドラマでありがちな展開に置き換えて盛り上がるのがその後、私たちの定番になった。

 こんな繋がりに私も入りたい、心で願ったことが、気が付くと叶っている。森村さんと村井さん…奏と千沙と過ごす廊下側の席が、この日から私の居場所になった。

誰一人知り合いのいない学校に入ってどうなるか不安だったけれど、始まってみるとどうってことはない…いや、三人の繋がりを宝物にして、これからこの学校で過ごしていこう、そう心に誓っていた。