でも、自分のことに無頓着でも、テンドウのことは引っかかった。

 別の子と手を繋いでいたってことは、やはり凪さんと別れた、ということ?
あのテンドウが、二人の子と同時に付き合う筈がない。どんな女の子にもいい顔をするが、二股を掛けるような真似は絶対にしない筈だ。

だとしたら…あんなに仲が良かったのに、どうして?

 そこの所を確かめようとしたけれど、クラスでは大勢の友達が周りにいるからできない。それなら、図書委員の仕事をしている時に聞けばよかったが、二人きりになると逆に意識してしまい、やはり切り出すことができなかった。意味深な目を向けたかと思うと、もぞもぞと下を向いてしまう私を、テンドウは、怪しい奴を見つけたみたいに覗いていた。

「なぁ…リン」

「な、何?」

「返却されたのって、どうするんだったけ?昨日までの分は、ジャンルごとに分けていいんだよね」

「今日返された本は、キャスターに入れておけばいいんだよ。すぐに借りたい人がいるかもしれないから、カウンターの隣に置いておくの」

「いや。だから、昨日までの分だって」

「…ごめん。そう言ってた?」

「言ってた。ふむ…」

 そう言うと、返却された本が山と積まれたキャスター越しに、ひょいと長い手を伸ばす。私の額に手を充てて、熱がないか検温してくれる。

何も特別な意味はない。彼はいつも、調子の悪そうな友達を見つけると男女を問わず額に手を当て、具合が悪くないか、と心配する。

 それが分かっているのに…今まで何度かテンドウに検温されたことがあるのに、何を思ったか私は、彼の手を振り払った。頭の中を覗かれるのを拒むように、椅子を引いて距離を取ってしまった。自分のしたことに驚いて、また下を向いた。

「ごめん…」

 学園祭のイベントが終わって、彼と毎日のように話さなくなった。携帯電話やメールのやりとりはぷつりと途切れ、窓側と廊下側のそれぞれの席を行き交うこともなくなった。

 頭で分かっているのに、今までそこにあったものがなくなると、やはり、何かを失った気分になった。テンドウ、リン、と呼び合う関係は変わらなかったし、機会があれば前みたいに言いたいことをぶつけたけれど。向こうには付き合っている彼女がいるし、こっちはただのクラスメートで図書委員の同僚でしかない。

そう思うと急に、テンドウとの距離が遠く離れた気がした。手を伸ばしても何も触れてくれなかった。

 私は、何かを失くしたんだろうか。夏休みから学園祭までの間に掴んだものがあったのだろうか…。

 そんなふうに途方に暮れていると、返却本のキャスターを脇に押しやって、彼が隣にやってきた。隣の椅子に腰を下ろすなり、

「俺、新しい彼女ができたんだ…」

 と自分から切り出したから、吐き出そうとした息が止まってしまった。

「D組の里中ゆずって子。知らないと思うけど…」

「……」

「そうだ。琴ちゃんと同じクラスじゃないか?じゃあ、聞いたら分かるよ。ゆずがどんな子か」

「…知ってる。もう聞いたから」

「え?」

 まさか、私の口からその手の話が出てくると思ってなかったのか。

まるで不意打ちを食らったみたいな顔が気に食わなくて、テンドウに詰め寄った。

「じゃあ、凪さんと別れたの?」

「まぁ、同時にはつき合えないし…」

「テンドウから別れたいって言ったの?その…ゆずさんと付き合うから?そもそも、どういうきっかけで付き合うことになったの?」

 なるべく息を整え、低い声で言ったけれど、一つ聞いたらあれもこれも、と頭に浮かんだことをみんな口にしていた。

 テンドウは、迷惑そうな顔をすることなく、部外者の私に話してくれた。

「ゆずから言われて、とてもいい子みたいだったから、じゃあ、付き合ってみようかって。それなら、凪と続けるわけにはいかないだろう?」

「ゆずさんの方を断って、凪さんと続けようとは思わなかったんだ」

「…好きな人につき合ってほしいって言うのは、すごく勇気がいることだと思うんだ。もし断られたらって考えると、とても怖いんじゃないか?それを乗り越えて来てくれた子に、ごめん、何て言えない」

「だから、凪さんと終わりにしたの?」

「彼女には申し訳ないけど…でも、最後には納得して、今までありがとうって言ってくれた。だから俺も、こっちこそ楽しい時間をありがとう。絶対に忘れないって…」

 まるで聖なる場所に辿り着いた旅人みたいな顔をして、窓の向こうに揺らいでいる桜の葉を望んでいる。外から飛び込んできたテニスボールの打球音が、図書室の壁に跳ね返っている。

 他の人が言っていたら、頭に血が上って、蹴飛ばしていただろう。誠実な男子を気取って、きれいごとを並べるんじゃない。女の子をなめるな、と。

 でもテンドウが言うと、どういう訳か納得して、許してしまう。彼がどんな男の子か、中身を知っているから。他の子と同じように、私も天道翔の魔法に掛かってしまったから。

 そうと分かっているから、のど元に込みあげたものを何処に吐き出したからいいか分からない。

仕方なく、手元にあったパソコンのマウスを掴んで、ガシガシとダブルクリックを繰り返していると、どうかした?とテンドウに怪訝な顔で覗かれた。

「…何でもない」
と答えたけれど、気持ちが右往左往しているのがバレバレだったに違いない。