テンドウと二人で川越の町を歩いた。地元住民で賑わうクレアモール商店街から大正ロマン通りの石畳を抜けて、蔵づくりの街並で有名な札の辻まで。一番手頃でベタなコース。でも、この町に縁がない人を連れていくととても喜んでくれるスポットだ。

 多分、本川越の駅に迎えに行った時だったら、声を掛けてなかった。教室や図書室で彼に振り回されている私なら、生まれ育った街を並んで歩くなんて絶対にごめんだ、と言っただろう。

 何と言ってもあの顔立ちだ。すれ違う女の子たちはもちろん、年配の奥様方も、店先に立つ若い店員も、浴衣に袖を通した外国人観光客までも振り返る。足を止めて魂を奪われているセーラー服だって、一人や二人じゃなかった。それくらい道行く人を惹きつけてしまう。初めて訪れた町で、没落王朝貴族のプレミアオーラを出しまくっていた。

 そんな彼と並んで歩く女の子はどんな心境か…凪さんみたいな人だったら、とても誇らしい気持ちになるだろう。素敵な彼と歩く姿をたくさんの人に見てほしい、と心浮き立つに違いない。

でも、私のように小さくて見栄えのしない子は…惨めな気持ちを噛みしめて、無数の視線にじっと耐えるしかない。男子と女子として絶望的に不釣り合いな組み合わせに心をぼろぼろにしながら。

 それが平気で歩けたから不思議だった。お昼ご飯のお礼、と言って彼に御馳走してもらった川越芋のソフトクリームは、今まで食べた中で一番おいしかったし、リンにはこういうのが似合うよ、と土産物屋で選んでくれた朝顔模様の扇子をもう少しで買ってしまいそうになった。

何故だろう。大勢の人に振り返られても、心が閉じこもらない。どうせ私は…なんてお決まりのセリフが出てこない。そんなことを考えながら、おいリン、何だテンドウ、と互いの名前を呼び合い、澄みきった空の中に彼の横顔を見上げているとふと思い至った。

格好いい、イケメンと言うけれど、私は、みんなが知らない彼の一面に気づいている。一人だけ、とっておきの魅力を見つけてしまった。

それだけで、どんな後ろ向きな気持ちも振り払える。彼と並んで、肩をぶつけながら歩く自分がとても誇らしかった。例え彼女でなくても。ただの友達であっても…。

「リン…おい」

 そうして、頭上に黒いシルエットをそびえさせている時の鐘をぼんやり見上げていたら、またテンドウに小突かれた。

「…何?」

飛び上がって間抜けな顔を上げると、私に呆れた様子でない、むしろ慈しむような眼差しで見つめられた。

「お前、俺より一つ年上なんだな」

「……?」

「病気して、入院して、一年遅れて高校に入ったんだ」

「……」

「そんな事情があるなんて知らなかった。だから、いつも体育を見学しているし、部活やらないで図書委員になったんだ」

 いきなり何を言い出すのだろう。奏や千沙にも話していないのに、どうして私の秘密を知っているの?

 突然、心の奥を覗かれたみたいに頭が真っ白になる。一体、何のつもりで彼が言ったのか分からず、声を震わせて聞いていた。

「…いつから知っているの?」

「さっき」

「誰から?」

「小江戸の琴姫様」

「…へぇ」

 それを聞いた瞬間、口元が歪んだ。小江戸川越の姫君から送られたメール。先ほど家を出る時に真剣に読んでいた…どうしてこのタイミングで暴露するのか、帰ったら椅子に縛り付けて取り調べなきゃ、と怒りの炎をたぎらせていると、

「つらい経験をしてきたんだな…」

 とまた愛しい眼差しを向けられていた。

「よかったな、元気になって。同じ学校の同じクラスになって…」

「え?」

「リンと出会って、友達になれたんだ。一年遅れても、俺はよかったって思う」

 うっすらと桃色に染まった空を背にして彼が言う。裏表のない顔が、時の鐘の足元で柔らかく微笑んでいる。

「……」

 この二年間、体の中に潜り込んで締め付けていたものを一瞬にして消し去った、その言葉を私は一生忘れない。この先、テンドウとどんな関係になろうと、彼からもらったものを決して放さない、そう誓って、いつまでも時の鐘を見上げていた。