今更だけど、林田家の楽器系姉妹は、鈴と琴で正反対の性格だ。この姉にしてこの妹あり、と思って対面したら、天地がひっくり返るような体験をすることになる。

 そんな天津爛漫で自由奔放の琴と会ったら、テンドウはどう思うだろう。やっぱり調子が狂うだろうか、と思ったが、そんな心配は全く無用だった。

「やぁ、リンから聞いているよ。きみとはずっと会いたいと思っていたんだ。確かD組だよね。じゃあ、ジュリーとか、ヤマザキとかと一緒?」

 自分も持ち前の軽薄ぶりを発揮して、一瞬で意気投合している。やっぱり、どんなタイプの女の子にも対応OK。下手をしたら半年後に付き合っているかもしれない、とおぞましい想像をして身震いした。

 こんな噂どおりのモテキャラ振りに琴は大いに満足して、

「ザキちゃんのこと知っているの?いつもお昼、一緒にしているんだよ。天道くんのこと、たくさん聞いているから、今日は会えて本当に嬉しい。あの、よかったらアドレス交換してくれる?」

 舞い上がったついでに個人情報まで引き出し、また一つ、友達ネットワークを広げている。私が二か月以上掛けて辿り着いた場所に会って数分で瞬間移動しているから、呆れながら感心してしまった。

 考えてみたら、テンドウは元々、琴みたいなタイプの子と気が合うのだ。クラスで話している顔ぶれを見たらすぐに分かる。私みたいなのと関わる方が珍しいかもしれない。

 そう思ったら急に、場違いな所に居合わせてしまった気分になった。姉と違って外見も性格も女子力も高い妹…すっかり打ち解けている二人の横で、連れてこなければよったかも、と駅前ロータリーを眺めながらため息をついた。ありえない声を聞いたのはその時だった。

「じゃあ私、ザキちゃんと約束しているからここで。スズ姉…」

 健闘を祈る、とばかりに親指を立てて、琴が改札の中に入っていく。あんなに盛り上がってくっついてきたのに、一度も振り返ることなく、テンドウが乗ってきた電車に自分が乗り込んで所沢方面に行ってしまった。

「へ…?」

 まずい。まんまと琴の計略にはまってしまった。このままでは、本当に間違いが起こるかも…気が付いたら絶叫マシーンに乗っていた気分で私は、見慣れた街並みを振り返った。

 川越は、江戸時代から続く蔵造りの街並が有名で、近隣から人々を集めるちょっとした観光地になっている。ここ数年は外国人の姿も多く見かけるようになり、土産物屋や和食の名店、大正モダンの洋館を練り歩く人出で、平日、休日を問わず賑わっていた。

 夏休みの最中に当たるこの日も、うだるような暑さにもかかわらずTシャツに短パンやノースリーブ、浴衣姿も混じった人出が、サンロードと呼ばれる地元の商店街や大正ロマン通りに向かって続々と駅前ロータリーから繰り出していく。私にくっついて駅のコンコースから出発したテンドウも、横断歩道を渡りながら感嘆のため息をついた。

「すごいね。国分寺や国立より賑やかだ」

「…埼玉県の貴重な観光地だから、嫌でも人が集まってくるの」

「リンは、ここで大きくなったんだ。ゆっくり見てみたいな…」

 ……ただでさえ想定外の状況に戸惑っているところに足元を揺るがすようなことを言うものだから、ポロシャツの袖を掴んで言った。

「そんな時間ないでしょう?」

 おい、何するんだ…後ろで抗議していたみたいだが、構うことなく引っ張っていった。