校門から飛び出しても、天道くんは追ってこなかった。どたどたとアスファルトを叩きながら用水路を渡っても、すさまじい形相で団子屋の角を曲がっても、つむじ風のようにホームズパン屋の前を通り過ぎても同じ。最寄り駅の階段を上った所で振り返っても、大きな体の影も形も見えない。

 そうか。私のことを追う必要がない、と思ったのか…。

 そっちがその気なら、こちらにも覚悟がある。とことんやってやろうじゃないか…。

 私は、もう迷うことなく自動改札機にパスモを叩きつけ、階段を下りて、ホームに滑り込んできた黄色い電車に飛び乗った。冷房が効いた車内で頭の上から冷たい風を受けても、心に点火した怒りの炎が治まらない。窓ガラスにへらへらした顔を思い浮かべると、さらに強く燃え盛った。

「……」

一体、どうしてしまったんだろう。私は、こんな猛々しい人間じゃない。後先を考えず自分の気持ちを相手にぶつけるなんて、絶対にできない筈なのに…。

 その理由が分かったのは、川越の自宅マンションに帰った時だった。

「どうだった?天道くんとの初デート」

「…決裂した」

「何?」

「もう二度と会わないかも」

「どうするの。学園祭で発表するんでしょう?一緒に頑張るんじゃないの?」

 ニヤニヤした顔で纏わりついてきた琴を振り切って、自分の部屋に駆け込む。パタン、と扉を閉め、そこに貼り付けた紙面を目にして、あぁ、なるほど、と納得の息を吐いた。

『生まれ変わった私がつかんでいくこと』

 一年前、長い入院生活を終えて家に帰ってきた時に書いた林田鈴の行動方針だ。

 私は、またいつ再発するか分からない病気に罹った。せっかく元の生活に戻れたのだから、これからは悔いのないように色々なことに挑戦しよう。できることを精一杯やっていこう。そう決心して、一か月ごとに小さな目標を書き込んでいき、スゴロク形式でゴールに近づいていく、達成のための見取り図だった。

ちなみに、受験勉強に明け暮れた第一シーズンは、今通っている私立高校合格で終了した。

 今は、高校入学とともに始まった第二シーズンの四コマ目で、図書委員に立候補し、クラスメートと友達になり、一学期を優秀な成績で終える。ここまでとても順調にコマを進めていた。この調子で夏休みをしっかりと過ごし、九月の学園祭に臨もうとしたところで現れたのが他でもない、天道翔だった。

 模造紙に大々的に描いたこの紙面を見た琴は、開口一番、

「スズ姉、重いよ。ここには、十代女子の夢が何処にもない…」

 そうぼやいて、充実した高校一年というゴールの横に「彼氏も作っている」という一文をピースマーク付きで書き足した。一応、女の子らしい丸っこい字で、要所要所に絵文字を配して可愛く仕上げたのだけれど…そう言いたくなる気持ちも分かるから、「彼氏も作っている」はそのままにしておいた。

 確かに重い。オリンピック出場を目指すトップアスリートがやっている、と本で読んだことをそのまま持ち込んだのだから。泥臭くて禁欲的、意識高い系が全面に表れた代物だ。

 でも…元々、こういう人間だから仕方ない。