その場はうまくなだめられ、一緒に校舎に入ったけれど、図書室のカウンターに座り、貸出業務に就いている間も、私の気持ちは、ずっとくすぶったままだった。彼に何を言われても必要最低限の返事しかしないで、眩い光にあふれた窓の外をじっと見つめていた。

「……」

 どうしてだろう。図書委員の仕事や定期テストの勉強で何度も、彼のこうした一面に接してきた。何をやっても周りの人に頼るばかりで、自分で立ち向かおうとしない。同じ失敗をしても懲りない。その度、手を差し伸べ、ピンチを救って、感謝の言葉に煙に巻かれてきたけれど…。

今度ばかりは、仕方ないなぁ、と受け流すことができなかった。俺一人じゃ絶対できない。どうしてもきみの力が必要なんだ…校門の前で言われた言葉を思い返しているうち、胸の底に沈んでいたものがむくりを起き上がり、図書室当番を終え、玄関を出たところで、無意識のうちに口にしていた。

「やっぱり駄目だ…」

「…何が?」

「今日までに読んでくるって約束したのに。当日になって、間に合わなかったって言うのはおかしい」

「どうしたの?」

「私は二回も読んで、気になる所をまとめてきたのに。天道くんからどんな感想が聞けるかすごく楽しみにしていたのに、きみのやり方は、一緒にやる相手に失礼だ…許せない」

 いつもなら飲み込んでいた。思い浮かべることすらない言葉が、堰を切ったようにあふれてくる。一度出したら、もう止めようがなかった。

 天道くんは、顔色を変えて答えた。

「だから、来週までに絶対読んでくるって。それまで待ってほしいって頼んだじゃないか」

「今日までたった百ページしか読んでないのに?もしできなかったら、またへらへら笑いながら、もう少しってお願いするの?そうすれば、私が待ってくれると思っている?そんなの受け入れたくない。他の子が許せても、私にはできない」

「何言ってるの?こうやって頭を下げて頼んでいるのに。まだ時間があるんだから、今日始めなくたって間に合うじゃないか。自分一人でやっているんじゃないんだから、そんな言い方をしなくてもいいだろう?」

「じゃあ天道くん、一人でできる?本の内容を研究して、プレゼンの原稿を書いて、みんなの前で発表するの」

「え…?」

「私ならできるよ。ちゃんとしたものを作る自信がある。天道くんは違うでしょう?初めから私のことを宛にして、難しいことや面倒なことをみんな任せて、自分は適当にやればいいと思っているんじゃない?」

「おい…」

「だから、私と組んでよかったって思ったんでしょう?」

「いい加減にしろよ、リン」

 ついに尖った物言いをして、高い所から私を見下ろす。すさんだ眼差しと一緒に、桜の木立からあふれた蝉の音が一斉に頭の上に降ってきた。

 いつも穏やかな彼がこんな表情をするんだ。何年も前に負った傷口が開いたみたいな、親とはぐれた幼子みたいな…。

何故か冷静に息を吸いながら、天道翔という男の子を見上げいていた。

蝉の音が雨のように降り注ぎ、私の目尻をじんわりと濡らしていく。そんな顔を見られたくなくて、胸に残っていた怒りをすべて彼にぶつけた。

「呼び捨てにするな!私は、あんたの彼女でも親友でもないんだから」