「すごい。本当に、天道くんと縁があるんだね。赤い糸で繋がっいてるのかも」
次の日、思い悩んだ末にその話を打ち明けたら、興奮した千沙に腕を掴まれた。
「これは第二章の幕開け…やっぱり、新しい彼女の登場は伏線だったんだ」
奏には、リアル舞台監督みたいな顔で、ガッツポーズをされてしまった。
やっぱり…二人とも、ヒマラヤ山脈を目指す登山家みたいに、出発前から山頂から望む絶景を思い描いている。登頂する私のことを放って…。
「……」
もう何もないだろうと思っていたのに、また天道くんと関わることになってしまった。それも、図書室の貸出当番や中間テストの勉強の比ではない。一つの物語を題材にして、その魅力を研究し、大勢の観客の前でプレゼンするのだ。夏休みの自由研究をクラスメートの前で発表するより遥かに重い課題だ。
それを梅雨入り前から九月下旬の学園祭までの約三か月間、力を合わせて取り組もうというのだから正気の沙汰ではない。
もしかして、夏休みが過ぎたら二人の関係が変わっていたりして…。
千沙や奏の話を何故、私が冷めた顔で聞いているかというと、パートナーである彼の活躍が全く期待できない、と分かっているからだった。
「やぁ、よろしく」
「…うん」
「こんな大変なことを一人でやれって言われたらどうようって思ったけど。リンちゃんと一緒なら安心だ。世界一心強い味方が付いてくれるんだから」
図書委員会の帰り、例によって乙女心をくすぐる笑みを向けてきた天道くん。君は、最初から私に寄生するつもりだろう。図書室当番やテスト勉強みたいに、難しい研究をすべて私に任せて、自分はのんびりとご隠居ライフを楽しむ魂胆だろう。
この学校に通う女の子なら、みんな、騙されてしまうに違いない。
彼と一緒に夏休みを過ごすなんて夢のようだ。絵に描いたような展開に舞い上がり、何もできない彼に代わって一人で研究を進めていくのが目に見えている。
でも、私は違う。そんなことさせるものか。絶対に思い通りにはさせない、と彼の隣で固く心に誓った。どんなに微笑まれても、嬉しい言葉を掛けられても、決して顔を緩めなかった。
「天道くん。今日ちょっと残れる?そろそろ、どの本にするか決めようと思うんだけど」
梅雨に入って最初の本格的な雨降りになった土曜日、私は、放課後の図書室当番の最中に声を掛けた。
学園祭本番までまだまだ時間があったけれど…夏休みに入ったらすぐに作品の研究を始めたい、そのためには一学期中に本を読んでおかないと…何事も計画的に、速やかに手を付けないと気が済まない性分を発揮して思い立った。
でも、私の気など知らない天道くんは隣で、友達から借りた格闘漫画に読みふけっている。これ最高だよ、リンちゃんも読む?と薦められたが、血だらけなのは怖い、と言って遠慮した作品だ。
きっと上の空なんだろうな、ずっと夢中だから、とため息をつこうとしたら、思いがけず素早く反応したから驚いた。
「あぁ、そうだね。決めちゃおうか」
「本当に?」
「誰かに言ってもらわないと、俺、いつまでも始めないから」
と落ちぶれた王朝貴族でなく、現代に生きる爽やか高校生みたいな顔で微笑む。
どういう風の吹きまわしだ。ひょっとして心を入れ替えたのだろうか…ありえないことを考えながら、やっぱり嬉しくて頬を緩めていると不意に、自分が喜んだ分だけ別の女の子が悲しむのではないか、と思って隣を覗いた。
「でも…大丈夫?」
「凪のこと?メールしとくから、気にしなくていいよ」
「…無理しなくていいのに」
自分から話を持ち掛けて、肩をすくめていた。せっかく、怠け者の天道くんがその気になったのに…自分が何をしたいのか分からなくなってくる。
今この瞬間も、凪さんは校舎の何処かで時間を潰しているんだろう。好きな人と一緒に帰るたった十五分ほどのために。それが何よりも大切なひと時だから…。
そんな女の子の気持ちを私は弄んでいる?いや、こっちだって何も後ろめたいことはない。図書委員の仕事であり、彼も納得しているのだから…。
でも、そう自分に言い聞かせても、申し訳ない気持ちを振り払うことができなかった。結局、三十分で打ち合わせを終え、天道くんを解放したけれど、最寄り駅に向かって歩いていく一本の群青色の傘、その下で肩を寄せて歩いていく二人の後ろ姿を、私は、とてももやもやとした気分で校門の前から見送った。まるで余計な気持ちが邪魔をするみたいに、群青色の傘が見る見るうちに霞んでいった。
次の日、思い悩んだ末にその話を打ち明けたら、興奮した千沙に腕を掴まれた。
「これは第二章の幕開け…やっぱり、新しい彼女の登場は伏線だったんだ」
奏には、リアル舞台監督みたいな顔で、ガッツポーズをされてしまった。
やっぱり…二人とも、ヒマラヤ山脈を目指す登山家みたいに、出発前から山頂から望む絶景を思い描いている。登頂する私のことを放って…。
「……」
もう何もないだろうと思っていたのに、また天道くんと関わることになってしまった。それも、図書室の貸出当番や中間テストの勉強の比ではない。一つの物語を題材にして、その魅力を研究し、大勢の観客の前でプレゼンするのだ。夏休みの自由研究をクラスメートの前で発表するより遥かに重い課題だ。
それを梅雨入り前から九月下旬の学園祭までの約三か月間、力を合わせて取り組もうというのだから正気の沙汰ではない。
もしかして、夏休みが過ぎたら二人の関係が変わっていたりして…。
千沙や奏の話を何故、私が冷めた顔で聞いているかというと、パートナーである彼の活躍が全く期待できない、と分かっているからだった。
「やぁ、よろしく」
「…うん」
「こんな大変なことを一人でやれって言われたらどうようって思ったけど。リンちゃんと一緒なら安心だ。世界一心強い味方が付いてくれるんだから」
図書委員会の帰り、例によって乙女心をくすぐる笑みを向けてきた天道くん。君は、最初から私に寄生するつもりだろう。図書室当番やテスト勉強みたいに、難しい研究をすべて私に任せて、自分はのんびりとご隠居ライフを楽しむ魂胆だろう。
この学校に通う女の子なら、みんな、騙されてしまうに違いない。
彼と一緒に夏休みを過ごすなんて夢のようだ。絵に描いたような展開に舞い上がり、何もできない彼に代わって一人で研究を進めていくのが目に見えている。
でも、私は違う。そんなことさせるものか。絶対に思い通りにはさせない、と彼の隣で固く心に誓った。どんなに微笑まれても、嬉しい言葉を掛けられても、決して顔を緩めなかった。
「天道くん。今日ちょっと残れる?そろそろ、どの本にするか決めようと思うんだけど」
梅雨に入って最初の本格的な雨降りになった土曜日、私は、放課後の図書室当番の最中に声を掛けた。
学園祭本番までまだまだ時間があったけれど…夏休みに入ったらすぐに作品の研究を始めたい、そのためには一学期中に本を読んでおかないと…何事も計画的に、速やかに手を付けないと気が済まない性分を発揮して思い立った。
でも、私の気など知らない天道くんは隣で、友達から借りた格闘漫画に読みふけっている。これ最高だよ、リンちゃんも読む?と薦められたが、血だらけなのは怖い、と言って遠慮した作品だ。
きっと上の空なんだろうな、ずっと夢中だから、とため息をつこうとしたら、思いがけず素早く反応したから驚いた。
「あぁ、そうだね。決めちゃおうか」
「本当に?」
「誰かに言ってもらわないと、俺、いつまでも始めないから」
と落ちぶれた王朝貴族でなく、現代に生きる爽やか高校生みたいな顔で微笑む。
どういう風の吹きまわしだ。ひょっとして心を入れ替えたのだろうか…ありえないことを考えながら、やっぱり嬉しくて頬を緩めていると不意に、自分が喜んだ分だけ別の女の子が悲しむのではないか、と思って隣を覗いた。
「でも…大丈夫?」
「凪のこと?メールしとくから、気にしなくていいよ」
「…無理しなくていいのに」
自分から話を持ち掛けて、肩をすくめていた。せっかく、怠け者の天道くんがその気になったのに…自分が何をしたいのか分からなくなってくる。
今この瞬間も、凪さんは校舎の何処かで時間を潰しているんだろう。好きな人と一緒に帰るたった十五分ほどのために。それが何よりも大切なひと時だから…。
そんな女の子の気持ちを私は弄んでいる?いや、こっちだって何も後ろめたいことはない。図書委員の仕事であり、彼も納得しているのだから…。
でも、そう自分に言い聞かせても、申し訳ない気持ちを振り払うことができなかった。結局、三十分で打ち合わせを終え、天道くんを解放したけれど、最寄り駅に向かって歩いていく一本の群青色の傘、その下で肩を寄せて歩いていく二人の後ろ姿を、私は、とてももやもやとした気分で校門の前から見送った。まるで余計な気持ちが邪魔をするみたいに、群青色の傘が見る見るうちに霞んでいった。